熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
俺はその斜め後ろで、彼女の邪魔をしないよう静かに腰を下ろす。目線は蝶よりも、詩織の真剣な横顔と彼女が紙の上で走らせる鉛筆の動きに自然と固定された。
どうしてあんなに迷いなく、美しい線が描けるのだろう。
スケッチブックの上で徐々に輪郭を持ちはじめる蝶は、まだ下書きの状態であるにもかかわらず、そのものの美しさと詩織の持つ独特なタッチが融合し、すでに彼女の世界観が現れ始めている。
天才、と平凡な言葉で表してしまうのは惜しいが、詩織はまさに天才そのもの。
神だとかそういう大いなる存在によって選ばれた、特別な芸術家なのではないかと、浮世離れした考えを抱いてしまうくらいだ。
「うーん……どうしても見えないわ、羽の内側の模様」
二枚、三枚と次々スケッチブックのページをめくり、色々な角度から見た蝶のスケッチを描きながら、詩織が目を凝らして険しい顔をしている。
「内側、か。蝶は蛾と違って羽を閉じているからな」
「ええ、でもときどきゆっくり羽を動かす瞬間があって……それをもっと近くで観察したいのよね」