熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
第三章
・嫉妬に駆られた恋人
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『私、先生のことが好きです』
『うん。……ありがとう。でも、今の詩織は恋愛する時期じゃないと思う。賞を取っても、一度きりではただのまぐれだ。きみの絵を、才能を、世間に知らしめるためには、描いて描いて描きまくらなくちゃ。そのとき、恋愛はきっと邪魔になる。……気持ちには応えらえないが、きみを思っての助言だ。ずっと、応援しているよ』
『先生……』
高校二年の冬のこと。初恋はあっけなく散ったけれど、彼の存在なくして私の成功はあり得なかった。
そういう意味で、あのときのことは失恋の記憶ではあるけれど、忘れられない思い出として心に刻まれている。
在学中からプロになることを私に勧め、ずっと背中を押してくれた恩師。
美術科目と、私も所属していた美術部を担当していた彼は、長髪で眼鏡をかけていて、いつもアンニュイな雰囲気を漂わせた、ちょっと風変わりな教師だった。
なかなかカリキュラム通りに進まない授業には、ほかの先生方や保護者からクレームもあったみたいだ。
けれど、授業中の発言はいつもハッとさせられるようなものだったし、彼の描いた水彩画は息を呑むほど美しく、教師というよりひとりの芸術家として、一目置かれる存在だった。