熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
『先生は、どうして画家にならなかったんですか?』
『うん? まぁ、家庭の事情ってやつかな。本当は画材だけ持って世界中を放浪してみたいんだけどね。世間体にうるさい家族のために、いちおう、美術関係の中ではそれなりに安定した職についたつもり。……ま、それでも、文句言われてるけど』
何でもないことのように笑う先生だったけど私の目には寂しげに見えた。そして、幼い私は彼の家庭の事情も知らないまま、なんてわからず屋な家族なんだろうと腹を立てた。
そんな私の不満げな様子に気づいて、先生はこう言った。
『でも、俺の代わりに詩織が立派な画家になってくれるんだろう? そう思うと、教師もなかなか楽しいよ。無限の可能性がある若い生徒たちが、どんなふうに羽ばたいていくんだろうって、わくわくする』
『そっか……。なら私、絶対に画家として成功して見せます』
『うん。詩織ならできるよ』
部活中、そうして私と彼はよく話をした。というのも、ほかの部員は楽をするために文化部である美術部に籍を置いているだけの、幽霊部員ばかりだったのだ。
私と先生が親しくなるのも当然で、彼は気づいたら私を下の名前で呼んでいた。