熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
『いい加減家に帰ったらどうなんだ? 義姉さんが連日うちに電話してきて迷惑しているんだ』
『……そうか、悪いな。でも、今は詩織……教え子の絵を見てやるので精いっぱいなんだよな。彼女、もうすぐ卒業だろ? やれることはしてやりたくて』
『それにしたって独身じゃないんだから、夜くらい家に帰れよ』
――独身じゃない。それは私にとって、衝撃的すぎる事実だった。
先生は結婚指輪をしていなかったし、所帯じみた話をすることも一切なかった。
何より今彼自身が言った通り、描きかけの私の絵を夜遅くまで眺めては改善点を見つけ出し、翌日いろんな助言をしてくれた。そのために、学校に泊まり込んでいるとも言っていた。
なのに……まさか、彼の帰りを待つ奥様の存在があったなんて。
『まったく、弟のくせに生意気だなお前は。俺、そういう正論振りかざすやつキライ』
『それを言うなら、兄さんがいつまでも子どもっぽいんだろう』
彼らの会話はまだ続いていたけれど、私は逃げ出すように廊下を駆けだしていた。
失恋はしたものの、先生は尊敬できる理想の大人で、いつまでもあこがれの存在であるはずだったのに……そんな自分の純粋な気持ちを、踏みにじられた気がした。