熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~

『うん? まぁ、家庭の事情ってやつかな。本当は画材だけ持って世界中を放浪してみたいんだけどね。世間体にうるさい家族のために、いちおう、美術関係の中ではそれなりに安定した職についたつもり。……ま、それでも、文句言われてるけど』

結婚していたからか、一族とうまくいっていなかったからなのか、姓は南雲でなかったけれど。彼は梗一の兄――南雲グループの長男だったのだ。

彼との会話の中で出た〝家庭の事情〟や〝世間体にうるさい家族〟という言葉が、今になってやっとつながる。

……とはいえ、だからどうということはなくて。不思議な偶然があるものだとは思うけれど、それ以外の感想は特にない。

私が今心から愛しているのは梗一で、彼を好きになったことに過去など全く関係ないのだから。

私のそんな思いとは裏腹に、梗一のほうは未だに思いつめたような顔をしていた。そして、自分の中にくすぶる負の感情を吐き出すように、苛立ち気味の口調で言う。

「……なぁ詩織。今の自分の格好、理解してる?」

「え?」

急に話をそらされ、怪訝な顔で彼を見つめ返した。

けれど視線が合うことはなく、彼がじっと見つめている先は私の胸のあたり。つられるように視線を落とした一瞬で、私は自分の無様な姿を理解する。

下着なしで身につけていた水色のキャミソールが、水に濡れてすっかり透けてしまっていたのだ。


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