ママと秘密の赤ちゃんは、冷徹皇帝に溺愛されています
「ラヴァンディエには帰れません……四年前、レオン様が急に出て行ったあと館に第七皇子の兵士たちが押し寄せて来たんです。今日レオン様と一緒に居たカイルが指揮官でした。彼は私達に危害を加えるような真似はしなかったけれど、とても怖かった」

あの出来事を思い出すと今でも身体が冷たくなる。ぶるりと身震いした私の手をレオンが再び優しく掴んだ。

「俺のせいで怖い想いをさせて悪かった。でももう敵はいない。ラヴァンディエは平和になったんだ。カイルも今は俺の部下になった。当然イリスに危害を加えたりしない」

「そうかもしれないけど……でも不安なんです。オレンジの灯りがどんどん大きくなって兵士達の足音が聞こえて来たときのことが忘れられない。彼らが去ったあとの村はぼろぼろでした。森は焼け道は踏み荒らされて、壊されてしまったと思ったの」

「あんなことはもう二度と起きない、俺がさせない」

レオンは私をなだめるように辛抱強く言う。

けれど私は子供のように首を横に振った。

「いいえ、第七皇子はいなくなったけど皇帝の地位を狙う人は他にもいるかもしれません。リラを皇女にしたらそういった人達に狙われて危険な目に会うかもしれない」

今度は完全に否定出来ないのか、レオンは躊躇いを見せた。

「もし敵意にさらされたとしても、イリスもリラを危険な目には合わせない。何が有っても俺が守るから」

それはレオンの本心なのだろう。嬉しさと心強さを感じたけれど、それでも私は頷けない。

「ありがとうございます。私とリラを守ると言ってくれて嬉しいです。でもそれではレオン様のことは誰が守るのですか? 私……四年前にソフィア様からレオン様が公爵家の姫と婚約すると聞いたとき、すごくショックだったけれど、その方がいいとも思ったんです」

レオンの瞳に動揺が走る。

「あのとき村が踏み荒らされても私は何も出来なかった。村を荒らす兵士達に何一つ反抗出来なかった、私には力がなくて大切なものを守れないし、レオン様の助けにもなれないんです。でも公爵家の姫ならレオンを守ってくれるだろうと思いました」

「俺はイリスに守って欲しいなんて思っていない。ただ側に居てくれるだけでいいんだ」

「私、リラを身ごもったと分かったとき本当に悩んみました。彼女の出自が知られたらきっと争いに巻き込まれ無事ではいられないだろうから、どうすればいいんだろうって。かといって産まない選択なんて出来るはずもなかった。だからルメール村を出たんです。ラヴァンディエと関わりの少ない遠くに行ってリラを産もうと。それ以外に私がリラを守る術はなかったから」

両親とも何度も話し合った結論だ。その決断は今でも後悔していない。

「今レオン様と一緒にラヴァンディエに帰って王宮に入ったとしても、地位も身分もない私にはリラを守ることが出来ない。母親が低位貴族だと陰口を叩かれ傷つくかもしれない。レオン様だって常にリラに付いていられる訳じゃないでしょう? 私、リラに幸せになって欲しいんです。争いなんてない平和なところで穏やかに暮らして欲しい」

「俺だって娘の幸せを願っている。それでも……」

レオンの手に力が籠る。彼の葛藤が伝わって来て胸が痛くなる。

「ずっと一緒に居るって約束を果たせなくてごめんなさい、でも私はレオン様に付いて行けない……どうか分かってください」

頭を下げて懇願する。

返事は貰えなかった。けれど彼の目には悲しみが浮かんでいる。

それは別れの覚悟を決めたからなのだろうと感じた。きっと私の気持ちを受け入れてくれたのだ。

自分で決めた事なのに、胸が痛くて涙が零れそうになる。

お互い言葉のないまま、満点の星空を見上げていた。

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