ママと秘密の赤ちゃんは、冷徹皇帝に溺愛されています
「あの……何か?」

「それは何ですか?」

カイルの視線は先ほどまで私が座っていたソファーに向いていた。

ソファーの脇に置いてある籠には、作りかけのショールが入っている。

洋裁店でやりかけていた仕事で、時間が空いた時に作り進めていたものだ。

「ショールに刺繍を入れていたんです。出来上がり次第セルジュに送ろうと思って」

そう答えると、カイルは呆れたような顔をした。

「まだそんなことをやっているのですか?」

「まだって……カサンドラに来る前に受けた仕事ですし、ここで作ることはレオンも賛成してくれています」

そう答えればカイルは眉を上げた。

「やりかけの仕事ですか? それならば仕方ありませんね」

「仕方ないってどういう意味ですか?」

カイルは私が洋裁店の仕事をすることに反対なのだろうか。でもなぜ?

「ラヴァンディエ帝都に向かうと決まっているのに、いつまでもあの洋裁店の仕事をしていても仕方がないでしょう。早々に縁を切るべきだと思いますが」

どういうこと? 私は眉をひそめた。

レオンの所に行く決心はしたけれど、まだ誰にも打ち明けていない。

それなのにカイルの口ぶりは、私の決意を知っているかのようだった。

「あの……私はまだラヴァンディエの宮殿に行くと決めた訳ではありませんが」

カイルにはまだ決心を知られたくなかった。

だからそう答えたのだけれど、カイルは何を馬鹿なとでもいうように、苦笑した。

「何がおかしいのですか?」

「いえ、現実をよく分かってないように見えたもので」

「現実?」

カイルは頷く。

「姫君の宮殿入りは決定していることです。そこにあなたの意思は関係ない。姫君と離れたくないのであれば一緒に来るしかないでしょう。幸いレオン様はあなたも受け入れるおつもりなのですから」

「え? 私の意思は関係ないって、どういう意味ですか?」

レオンは決して無理強いなんてしなかった。

一緒に来て欲しいとは言われたけれど、それは説得で私の気持ちを変えようと努力してくれていた。

けれどカイルの口ぶりでは、リラを強引にでも帝都に連れて行くことが決まっているようだ。

私は混乱して、視線を彷徨わす。

レオンを信じているけれど、彼の部下のカイルが完全なでたらめを言うだろうか。

自信満々の様子なのは、何か根拠があるからなのでは?

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