月の記憶、風と大地
弥生は再びあの公園のブランコに身を置いていた。
自宅での夫のやり取りを思い出す。


「ただいま」


寝室でベッドに寝転がり、テレビを観ていた夫が起き上がる。


「おかえり。試験はどうだった」
「テストなんて久しぶりだから、書いたことは覚えていないけれど、空欄はないようにしてきたわ」


弥生が答えると和人は頷いた。
寝室から続くウォークインクローゼットに向かいカバンをベッドに置く。


「あなたはどこか出かけていたの?」


弥生はコートを脱ぎハンガーに掛ける。


「いや。どこにも行っていない」
「コンビニとか。どこへも?」
「家にいたよ。ああ、飯は家のもので済ませた」
「そう」


弥生の胸がざわついた。
和人は嘘をついている。
昼間見た車は間違いなく夫の車だったし、女が同乗しているのを目撃した。

追求しても良かったのかもしれない。

しかし弥生はそれ以上の事は訊かなかった。
いや訊けなかったのだ。


ブランコで弥生はため息をつく。


夫は一時間前に早々にベッドに入り眠っている。
今頃は熟睡中だろう。

弥生は一緒の空間にいたくなくて、外へ出たのだ。

妻が外で夜の公園でひとりでスマホを操作しているなど、字のごとく夢にも思うまい。
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