月の記憶、風と大地
津田は眼鏡を外しテレビの電源をいれる。
眼鏡を外したまま、普通にテレビのニュースを眺めていた。
「もしかして、伊達眼鏡ですか?」
余計なことかと思ったが弥生が訊ねる。
「はい」
津田は厭な顔はせずに教えてくれた。
「働き始めたときに外で、お客さまに声をかけられることがあったんです。悪いことではないんですが、それから小道具を使うようになりました」
黒い縁の眼鏡を外すと目立たずに隠れていた、右目の下の泣きぼくろがみえる。
大小二つ並んでいた。
真面目な印象だった男がさらに艶っぽくなり、眼鏡の有り無しでは随分と印象が変わる男だった。
「ご主人とは、どうですか」
津田が焼き芋を手で割り皮ごと口に入れる。
「変わらずです。ごめんなさい、変なことに巻き込んでしまって」
愛人とのベッド写真など自分でも気分が悪くなるのに、無関係の津田にも共有させているのだ。
嫌なわけがない。
何となく気まずさを感じ、弥生は口をつぐんだ。
棚の中の奧に手を突っ込むがクリップの入った箱が、もう少しのところで届かない。
四苦八苦する弥生に気付き椅子から立ち上がり近づくと、彼女の背後から手を伸ばし箱を掴む。
弥生が振り返ると、津田が弥生を見下ろしている。
ちょうど津田の胸の高さの身長だ。
「ありがとうございます、店長」
津田はすぐには箱を渡さなかった。
じっと弥生を見つめ、顔を耳元へ近づける。
「何かあったらまた相談してください。弥生さんのことは、いつでも大歓迎です」
小声で囁く。
箱を渡すと弥生から離れ白衣に袖を通し、眼鏡を掛けた。
「さて。午後からもまたよろしくお願いします。洗面済ませてから、タイムカード切ってきます」
津田は休憩室から出て行く。
ひとり休憩室に残された弥生は、年甲斐もなく赤面し胸が鳴るのを感じる。
よくあんな風に接することができるものだと、弥生は感心した。
津田は間違いなく女性キラーのようだ。
弥生さんか……
自分は年齢も上だし、気を使ってくれているのだろうか。
ありがたく申し訳ないと思う反面、久しぶりの社会復帰としては良い場所だと弥生は思う。
これからも頑張っていこうと弥生は自分に気合いを入れた。