月の記憶、風と大地
夫である和人が会議に挑んでいる時間。
今のところ書類上の妻である弥生は静京香の化粧品売り場で、棚変えの手伝いをしていた。
今日は雨で客足も少ない。
冬商品から夏商品へ入れ換えるのだが新商品も入荷するので結構な作業になる。
棚の商品を撤去して清掃を行い入れ換える品物を並べ直す、良い機会だった。
「未開封の商品は返品しますけど、テスターは処分します」
静の指示通り弥生は大量のテスターをまとめる。
「ファンデーションっていまだに色合わせに迷うんですよね。コツはありますか」
「首の色に合わせてください。よく手とか頬で選ぶ方がいらっしゃるんですが、それだとばらつきが出ます」
京香はいったん作業を止め、弥生のファンデーションを選び始める。
「弥生さんはこれかな。普通の肌」
それは普段、弥生が使っている色より暗めの色だった。
「日焼って、けっこうしているんですよ」
静は化粧品売り場のカウンター席に弥生を座らせると、手際よくファンデーションを塗り始めた。
「ちなみにあたしは一番濃い肌色でも、さらに濃い肌色なので、あまり種類がないんです。だから使うファンデーションが限られちゃうんですよ」
静は弥生の色合わせにプロ意識が出たのか、口紅も選び始めた。
「静さん、ありがとうございます。もう充分です」
「この機会だからメイクしてあげますよ。これはあたしが欠勤のときに、弥生さんかお客様にカウンセリングするための勉強です」
静は無表情にメイクを続ける。
レジ番をしている後台が二人に気付き、興味津々に近づいて来た。
顔をのぞき込む。
「弥生さん、いつもより華やかになりましたね。美人度が一二十パーセント上がりました」
「でしょう?ずっと思ってたんですよね。弥生さんは、こうすれば映えるって」
メイク道具を広げ弥生の前髪をクリップで留めると、アイシャドウやチークを道具を使い、手際よく肌に乗せていく。
メイクを続けながら後台に話しかける。
「棚変え、もう少しなんですけどね。もうレジ時間交代ですか」
「今日は発注もないし、おれがレジ入ってますよ」
「そうですか。じゃあお願いします」
静は後台の申し出を遠慮なく受け取り、再び作業に入る。
静はサバサバとした女性だった。
無駄口もないし、無駄な行動もない。
今のように、あっという間に客を引き込み、カウンセリングを行ってしまう。
後台とほぼ同じ時期に入社し現在に至るという。
三十五才だというが、顔立ちといい肌といい三十を越えているようには到底見えない。
十才近くは若く見える。