月の記憶、風と大地
津田を始め後台や静も、弥生を「弥生さん」と名前で呼ぶことが当たり前になっていた。
客の前では野上原さんと姓を使うが、それ以外は名前だ。
年上の新人に対する三人の気遣いなのだろうか。
「津田さんに怒られませんか?就業中に」
「今日は雨でお客さんも少ないですからね。というより今は誰もいませんし。それに遊びじゃありません。勉強です」
静は表情を変えずにメイクを施し、完成させた。
後台が感嘆し顎をなでる。
「さすが京香ちゃん。弥生さんの魅力を引き出してます」
「ありがとうございます。ただ名前で呼ぶな。なれなれしい」
静が苛立ち言葉を荒げ、後台は肩をすくめた。
「弥生さん。お客さまに使っている化粧品を訊かれたら、このファンデーションとアイシャドウ、チーク、口紅を薦めてください。新商品ですし売れますよ」
静はメイク道具を片付け、使ったテスターをカウンターテーブルに置いた。
弥生はエプロンのポケットからメモ帳を取り出し、銘柄をボールペンで書き込む。
その様子を見て静は化粧水や乳液、美容液のテスターをカウンターテーブルに置く。
「とりあえずこの新商品、一週間使ってみて。使い方は教えますから。感想を訊きます。正直に教えてください」
弥生は一応、女であり化粧もする。
しかしそこまでこだわりはなく、高い化粧品を使っていたわけでもなかった。
売る立場になると色々と知らないといけないのだと、つくづく考えさせられる。
「資格の勉強はどうですか?」
レジに戻ると後台が云った。
なかなか覚えられない旨を伝えると頷く。
「とにかく問題を多く解いてください。そうすれば大丈夫ですから」
静も後台も親切心で接してくれている。
それはありがたいし嬉しいのだが、今の弥生には混乱しまくりだ。
「がんばります」
弥生はそう答えることが精一杯だった。
緊張とプレッシャーで肩を張る弥生に後台が苦笑した時。
事務作業をしていた津田が売り場に出てきた。
数枚閉じられたプリントを持ち後台に近寄る。
「医薬品売り場の棚変えだが……」
「津田さん、それより弥生さん見てくださいよ。集客率上がること間違いなしですよ」
フルメイクされた弥生を見て、津田は微笑を浮かべた。
「これはこれは」
「綺麗でしょ、弥生さん。静さんの腕前も改めて認識しますよね」
静のメイクは自然と色が馴染み、弥生によく似合っていた。
潤いのあるリップが魅力度を上げている。
「ああ。本当に綺麗です。おれはいつもの感じも好きですが」
静と後台の耳が、象のように大きなったように見えた。
「津田さん。今の発言の意味を知りたいです」
「いつものということは、どんな弥生さんも好き、ということですよね」
興味津々に二人は詰め寄り、津田はたじろぐ。
「深い意味はないぞ」
「じゃあ、あたしにも好きって云えますか?」
「おれはいつも京香ちゃんに、好きって云ってますが」
「後台さん、うざい」
何やらおかしな方向に進んでいる三人に弥生は困った笑いを浮かべる。
だが社交辞令とはいえ、綺麗と云われることは嬉しい。
「ありがとうございます。津田さん」
弥生の笑顔に津田が赤面し動揺したのだが、その時ようやく本日、一人目の客が来店し誰も気づかなかった。
「いらっしゃいませ」
何事もなかったように三人は、散り散りに持ち場に戻っいく。
弥生もコミュニケーションの一環と捉えており、深くは考えていなかった。
客の前では野上原さんと姓を使うが、それ以外は名前だ。
年上の新人に対する三人の気遣いなのだろうか。
「津田さんに怒られませんか?就業中に」
「今日は雨でお客さんも少ないですからね。というより今は誰もいませんし。それに遊びじゃありません。勉強です」
静は表情を変えずにメイクを施し、完成させた。
後台が感嘆し顎をなでる。
「さすが京香ちゃん。弥生さんの魅力を引き出してます」
「ありがとうございます。ただ名前で呼ぶな。なれなれしい」
静が苛立ち言葉を荒げ、後台は肩をすくめた。
「弥生さん。お客さまに使っている化粧品を訊かれたら、このファンデーションとアイシャドウ、チーク、口紅を薦めてください。新商品ですし売れますよ」
静はメイク道具を片付け、使ったテスターをカウンターテーブルに置いた。
弥生はエプロンのポケットからメモ帳を取り出し、銘柄をボールペンで書き込む。
その様子を見て静は化粧水や乳液、美容液のテスターをカウンターテーブルに置く。
「とりあえずこの新商品、一週間使ってみて。使い方は教えますから。感想を訊きます。正直に教えてください」
弥生は一応、女であり化粧もする。
しかしそこまでこだわりはなく、高い化粧品を使っていたわけでもなかった。
売る立場になると色々と知らないといけないのだと、つくづく考えさせられる。
「資格の勉強はどうですか?」
レジに戻ると後台が云った。
なかなか覚えられない旨を伝えると頷く。
「とにかく問題を多く解いてください。そうすれば大丈夫ですから」
静も後台も親切心で接してくれている。
それはありがたいし嬉しいのだが、今の弥生には混乱しまくりだ。
「がんばります」
弥生はそう答えることが精一杯だった。
緊張とプレッシャーで肩を張る弥生に後台が苦笑した時。
事務作業をしていた津田が売り場に出てきた。
数枚閉じられたプリントを持ち後台に近寄る。
「医薬品売り場の棚変えだが……」
「津田さん、それより弥生さん見てくださいよ。集客率上がること間違いなしですよ」
フルメイクされた弥生を見て、津田は微笑を浮かべた。
「これはこれは」
「綺麗でしょ、弥生さん。静さんの腕前も改めて認識しますよね」
静のメイクは自然と色が馴染み、弥生によく似合っていた。
潤いのあるリップが魅力度を上げている。
「ああ。本当に綺麗です。おれはいつもの感じも好きですが」
静と後台の耳が、象のように大きなったように見えた。
「津田さん。今の発言の意味を知りたいです」
「いつものということは、どんな弥生さんも好き、ということですよね」
興味津々に二人は詰め寄り、津田はたじろぐ。
「深い意味はないぞ」
「じゃあ、あたしにも好きって云えますか?」
「おれはいつも京香ちゃんに、好きって云ってますが」
「後台さん、うざい」
何やらおかしな方向に進んでいる三人に弥生は困った笑いを浮かべる。
だが社交辞令とはいえ、綺麗と云われることは嬉しい。
「ありがとうございます。津田さん」
弥生の笑顔に津田が赤面し動揺したのだが、その時ようやく本日、一人目の客が来店し誰も気づかなかった。
「いらっしゃいませ」
何事もなかったように三人は、散り散りに持ち場に戻っいく。
弥生もコミュニケーションの一環と捉えており、深くは考えていなかった。