月の記憶、風と大地


弥生のパート時間が終わり退勤後である。


「弥生さんの歓迎会をしようか」


唐突に津田が呟いた。
後台はパソコンの手を止める。
静は伝票整理をしていた。


「それはいいですねえ」
「いつにします?」


津田の提案に後台も静も賛成のようだ。


「穣がお泊まり会があるんだが、その日はどうかな」
「弥生さんにも訊いてみないといけませんね」
「主婦は忙しいですよね。朝ごはんに洗濯。買い物したり、その合間に働きに来てるんですよね。あたしには絶対ムリです」


静が伝票整理を終えると、今度は業務日誌をまとめ作業に入る。


「するとそうか。津田さんは主婦もしてるんだな」
「まあおれは、こうして手伝ってもらってるから」
「穣くんはあたしの癒しですから、当然です」


静は無表情な顔を僅かに紅潮させる。


「津田さんがパパじゃなかったら、プロポーズしてますよ」


津田が苦笑いをする。


「それはそれは」
「恋敵は専ら穣くんかと思っていましたが、津田さんだったのか」


後台が細い目をさらに細くし神妙な面持ちで顎を撫でる。


「言い方が悪かったです。後台さんが穣くんと同じ土俵に上がるなんてことは、ありえません。津田さんも同じですが」


静は無表情である。
津田は苦笑いを浮かべ売り場に出て行く。



「それにしても津田さん、弥生さんには優しいですよねえ」



津田の後ろ姿を見送り、業務日誌を書きながら静は呟いた。



「今までパートアルバイトさんに歓迎会なんて、しませんでしたよね?」
「そうだったかな?」



京香は頷く。



「津田さん、穣くんが悲しい想いをするようなことはしないで下さいよ」



京香は胸の内で呟いた。



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