月の記憶、風と大地
弥生が太田美羽と会話を終え、帰宅してから二時間後。
遅番で業務を終えた後台が店の戸締まりをして帰る時間だ。
この日、店長会議で本部に出かけていた津田も戻り、穣も一緒にいるが眠ってしまい津田が抱えている。
「篤(あつし)お坊ちゃま」
杖をついた老人が後台を呼び止めた。
「爺」
「そろそろお戻りになりませんか?ご両親もご高齢ですし。また縁談のお話を持って参りました」
後台はため息をつく。
この老人は後台の生家で五十年以上、執事として支えている人物だ。
先祖代々、執事として後台の家で働いている忠誠心の高い人物である。
「医院のご令嬢です。美人でしょう?」
本型の写真立てを広げる。
後台は苦笑いを浮かべた。
「おれはまだ帰らないし、結婚もしない。今の生活が好きなんだ。それに、もっと色々なことを知らないといけない」
後台が諭すように微笑する。
老人は頷くと高級車の後部座席に乗り、去り際に礼をして走り去っていく。
後台がため息をつく。
「後台くん、お金持ちのお坊ちゃんなんだな。知らなかった」
高級車を見送り津田が云った。
後台は苦笑いをする。
「津田さん、呑みに行きませんか。おごりますよ」