月の記憶、風と大地
結局、店舗の近所にある子供が遊べる場所付きの飲食店を選んだ。
テーブル席で向かい合って座っている。
「後台。おまえ人を呑みに誘っておいて、呑まないのか」
最初から津田は呑まないつもりだったのだが、後台にはそれを強要はしていない。
「実はおれ、酒は呑まないんです。津田さんだって車ですよね」
後台は過去でアルコールの摂りすぎで倒れ、一時期、更正施設に身を置いていた事を打ち明けた。
訊けば家柄の重圧だという。
「御曹司。この言葉がとにかく嫌いでした。馬鹿にされているみたいで」
今の年齢になり、ようやく冷静になれてきたと後台が続ける。
「考えすぎだろう。大抵は羨ましく思うぜ」
「いいえ。津田さんだって云ったでしょう。金持ちのお坊ちゃんって」
周囲のからの視線と期待から逃げるため、アルコールに走ったと後台は笑った。
「今は大丈夫ですが、まあ止めておきますよ」
結局、後台も津田も烏龍茶と焼き鳥をオーダーし、津田はため息をつく。
「そうか。悪かったな」
「穣くんと静さんには、ナイショですよ」
後台が人差し指を唇にあてる。
「おれの過去と秘密を知ってしまいましたね、津田さん。だから津田さんの秘密も教えてください」
「……?」
津田が怪訝な表情で運烏龍茶の入ったグラスに口をつけ傾ける。
「静さんは穣くんの、お母さん候補ですか」
津田が烏龍茶を盛大に吹き出し後台の顔面に掛かった。
笑顔に見える細い瞳の表情のまま、ゆっくりと緒手拭きで顔を拭く。
「でも静さんは渡しませんよ。津田さんは手強いですが、家柄と財力に物をいわせてでも闘います」
「……おい」
津田はむせながらも、ようやく口を開いた。
「静さんに言い寄る勇気なんて、おれにはない」
「では弥生さんですか」
津田は一瞬、動きを止めた。
後台は見つめている。
「彼女は既婚者だ」
「津田さんなら、奪えるでしょう」
穣は夜中のキッズルームを独占し遊んでいる。
津田の環境を考えると普通にも思えるし、だが世間とのズレも感じる。
「……オトナだ、弥生さんは。おれと三歳しか違わないのに落ち着いてる」
津田の言葉に後台が笑顔に見える顔で頷く。