月の記憶、風と大地
「紫陽花は綺麗ですが毒があります。でもその毒から成分を取り出し、薬を作ります」
日本茶の入った湯呑みを手にする。
「紫陽花だけではないですけれどね。毒のある対応をされても、その花が好きだから嫌いにはならない。持ち味ですね」
美羽は、はっとした。
和人のどんな姿も好きだ。
笑った顔も怒った顔も。
自分をいましめる顔も、美羽には大切だった。
「太田さんなも想い人がおられるようですね。このまま、政略的な結婚をしても良いかとも思いますが、僕はそういうことはしたくない」
津田には打ち明けたが家の言いなりだった彼は、アルコールを大量摂取するようになり、気づいた時には自分ではどうする事もできない状態だった。
病院と更正施設を往復し病院の調剤薬局で社会復帰した後台だったが、ワンマンな仕事と関係に違和感を感じ辞めた。
ドラッグストアを何店舗か経験し、出会ったのが津田だった。
そして静。
小柄なのに美しいバネのようにしなやかで、力強い。
無愛想に見えて熱い一面もあり、しかし心の奥を掴ませないし見せない。
家柄の眼鏡を通して、自分を見る人間とは違う。
何でも与えられてきた後台が、自分から欲しいと思った存在になっていた。
雨音か激しくなり、現実に引き戻された後台は顔を上げる。
「お見合いの席でする話じゃありませんね。申し訳ない」
「いえ、いいんです。わたしもこれではっきりとしました」
美羽は雨空とは反対に晴れ晴れとした表情だった。
──
結局、お見合いは破談に終わったのだが、美羽は両親に詰め寄られ責められた。
優しいはずの両親が、なぜそこまでこの結婚に拘るのか、この時の美羽は理解出来ていなかった。
そして。
『医院経営の医師夫婦、不正請求発覚』
その記事が見出しに踊ったのは、数日後の事である。