月の記憶、風と大地


「繊維会社の社長と、うちの社長同士が知り合いなんだとさ。いい迷惑だ」


興味なさそうにそれだけ云うと、改めてパソコンに向き合う。


「ところで食品、もっと仕入れようかと思う。食品は売り上げがすぐに乗ってくるから、いいんだよな」


画面を見つめマウスを動かす。
静は無言のまま、津田を見つめている。

津田は優秀だ。

店のことは全て把握しており、取り扱い商品全てをどこの問屋が取り扱っているか瞬時に答えることができる。

静の化粧品、後台の医薬品部門に関してもわかっているし在庫数も知っている。


化粧品も、男だから知らないとは答えない。
勉強会にも積極的に参加し知識を取り入れてくる。


仕事に関する物は全てにおいて貪欲で、店舗責任者という肩書きだけでは惜しい人物だ。


だからこそ静には、ある懸念があった。


「そろそろ上から、声が掛かってるんじゃないですか?ビューティー部会でも話題になっていますよ」


静も後台も部門会議があるのだが、そこでも津田が本社から目を付けられているという話がある。


津田がドラッグストアに転職したのは三年前だが、店長には半年で任命された。


後台と静もほぼ同時期に入社したが、津田以前に店長を務めていた男は部門は人任せで関知せず、毎日のシフト作成や発注をこなすだけで精一杯の人物だった。

入社当時、津田は補佐役だったが一ヶ月で店の状況を把握し三ヶ月目に赤字を黒字に変え、六ヶ月後には店長に抜擢されたのである。

津田の経歴からいっても、店長でおさまっていることの方が不思議かもしれない。


「おれは本社の連中に、おべっか使う気はないからな。使いにくいだろうよ」


発注と事務処理を一通り終え息をつく。

先日、津田は店長会議に出席し、これからどのような店舗を作り上げていくのかを意見を求められた。


「結局、上の連中の話は理想論だ。それは悪くない。だが現場を理解していない。理想を実現するには先ず環境を整え、賃金を上げる。これが現実の全てだ」


津田の言葉は以前に和人が弥生に話した「なりたい社員像」に付け加えるものだった。


「そして倒れない方法、転んだ時の受身の取り方を教えるべきだ。理想だけを語られても、共感は産まれない」


津田は営業部の最前線に身を置き、尚且つリーダーシップをとっていた男だ。


「……とはいえ穣の事もあるし、この会社には恩は感じてる。まあ、貢献できればいいとは思っているよ」


津田は苦笑する。
これからも先も現場にいたいと彼は思っていたのだが。


「パソコンばかりだと疲れる。品出しして躯、動かしてくる」
「あ、津田さん」


静が呼び止める。


「弥生さんの歓迎会の場所、押さえました。穣くんのお泊まり会の日で、いいんですよね」
「わかった。ありがとう、静さん」


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