月の記憶、風と大地
驚くべきことに静は、器械体操のプロ選手であったという。
ケガが元で引退したが、今はキックボクシングジムにリハビリがてら通っているそうだ。
筋肉質な静の体型に、合点がいく。
「あたし胸が大きいじゃないですか。それでいて背が低いから、男からも女からも、変な目で見られるんです。だから強くなりたいと思ったんですよ」
静は可愛いし強い女性だと弥生は思う。
普段は無表情だが自分の考えをちゃんと持っているし、訴える力も持っている。
「化粧品は苦手だったんです。でも覚えていても損はないスキルでしょ?だから始めたんです」
静が笑顔を見せる。
店で働いている時の無表情、無愛想が嘘のようだ。
年下の先輩の意外な一面発覚に弥生は頷いた。
ひとしきり会話と雑談を交わし、歓迎会はお開きとなった。
「楽しかったです。またこのメンバーで集まりましょう」
静がまだ頬を紅潮させたまま手を振る。
後台が声をかける。
「静さん、送りますよ。おれも津田さんも車ですから。静さんを拐いたい」
「家には、あげませんよ?」
「充分に承知です」
後台は津田と弥生に挨拶をすると、静と共に車へ向かって歩いて行く。
「おれらも帰りましょうか。まだ時間は大丈夫ですか」
「津田さん、本当に大丈夫です。明日にしましょう」
弥生は答えたが、どことなく足元がおぼつかない。
元々、アルコールはあまり強くないのだ。
「せめて酔いを少し、醒ましましょうか。危ないですよ。上司として責任がありますから」