月の記憶、風と大地
結局、あのいつもの公園に二人は立ち寄り、ベンチに並んで座っている。
「大丈夫ですか、弥生さん」
弥生は頷く。
「昔はもっと強かったはずなんですが、歳のせいですね」
頬を上気させた弥生は公園を見回す。
気分は悪くないが、今日は穣がいない。
遊具は今の時間には誰もおらず、ひっそりと静まり返っており、それが寂しく思った。
「津田さんは凄いですね。毎日、穣くんを一人で育てられて、働いているんですもの。親は強いですね」
月が弥生を見下ろしている。
子供はおらず、夫は若い社員と浮気。
自分が滑稽に思えた。
「私にも子供がいたら、何か違ったんでしょうか。それ以前に私は、女なんでしょうかね」
津田が弥生に顔を向ける。
「子供は産めないので」
酒の勢いなのか弥生は、つい口にしてしまった。
「無い物ねだりの、全部たらればの話しですが」
和人との間に子供がいたら何か違ったのだろうか。
津田が口を開いた。
「避妊には気をつけているつもりでした。でも、できてしまって」
何気ない津田の言葉だったが、弥生は引っ掛かった。
「できてしまった……って?」
聞き間違い、思い込みだと言い聞かせながら体が震えているのがわかった。
怒りだ。
「まさか穣くんは、間違いでできた子だと、おっしゃるんですか」
自分は夫と望んだはずの子供を産めなかった。
それどころか子宮自体も失い、子孫は残せない。
津田は、望まなかった子供を育てているというのだろうか。
「いえ、そういうわけでは」
「津田さん、あなたがそんな、傲慢な方だとは思いませんでした」
酒が入っているので、いつもより感情的になっていたかもしれないが、弥生は赦せないと思った。
いつも父親を思い、参観日のことも内緒にしたり。
わがままを我慢したり。
実の母親には置き去りにされて。
そして今、信頼していた父親に間違いだったと云われ。
「命に間違いなんてありません。穣くんはあなた方ご両親の、気まぐれではないんです。もっと先まで、考えてあげて下さい」
弥生はショルダーバッグの持ち手を強く握る。
離したら津田を殴ってしまうように、弥生は思った。
「ごめんなさい。他人なのに余計なことを云いました。帰ります。送って下さって、ありがとうございました」
弥生は踵を返し走り去る。
津田は良い父親だと思う。
穣を大切にしているし、仕事をしながら育てている。
なかなか出来ないことだ。
だが今の津田の言葉は、弥生にはショックだった。
弥生は失望していた。
夫である和人にも、店長である津田にも。
男女である以上、体の機能が違う。
育ちも違えば考え方も違ってくる。
愛情の愛は無くとも情はある、という事なのだろうか……。