月の記憶、風と大地

「へえ。弥生さんとは本当に奇妙な縁があるな。憂鬱だったんですが、楽しみになってきた」


嫌がるかと思いきや、どこか面白がっているような節がある。
後台の云う通りの鋼のメンタルであり更に神経も図太いようだ。



「それより……ああ、ええと。弥生さん」



津田は咳払いすると、真面目な表情で弥生に頭を下げた。


「すみませんでした。赦してください」
「え。あの、津田さん?」


弥生は瞬きを繰り返す。


「確かに傲慢だったかもしれません」


穣のことだった。
男家庭で妻もいない津田は、たしなめられることが少ない。

確かに弥生は津田に軽蔑したような言葉を投げたが、そこまで津田が気にしているとは思っていなかった。

頭を下げ続ける津田に弥生はあたふたした。


「いえ、あの時は私の方が余計なことを云ってしまって。挙げ足を取るような言動でした。嫌な思いをさせて、ごめんなさい」


あの時はアルコールが入っていたし、気が大きくなっていた事は確かだ。

津田はどことなくうなだれていて、いつもの頼れる上司の姿とは程遠い。
先ほど平然とクレーム客に応対していた人物と同一なのかと、疑ってしまう。


「実を云うと気になって、この何日か仕事に集中できませんでした」
「そんなに?」


弥生は少しの間津田を見つめた。
意外な一面に無責任かもしれないが弥生は笑いがこみ上げ、こらえ切れずに吹き出した。


「津田さん、かわいいですね。やっぱり穣くんのお父さんです」


弥生は涙を流し肩を震わせ、笑いを押し殺している。
こんなに笑ったのは久しぶりだった。


「ひどいな」


かわいいと称された上司津田は、苦笑する。
だが安堵したようだった。


「弥生さんを怒らせないように、気をつけます」

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