月の記憶、風と大地
穣の幼稚園では運動会当日。
弥生は津田と待ち合わせ、運動会会場へと向かう。
今日は眼鏡を最初から外していて、仕事はオフモードのようだ。
パラソルや敷物を持ち、弥生もそれを手伝う。
穣が弥生と手を繋いでいる。
「いい天気で良かったね。穣くん」
「うん。ぼく、みんなが来てくれるから、楽しみにしてたんだ。中止じゃなくて良かった」
敷物を敷いて椅子とパラソルを組み立てていると、後台と静が三段の重箱弁当を持ってきた。
「たくさん作りましたよ」
「穣くんのためだから」
「ありがとう!静お姉ちゃん、後台お兄ちゃん」
体操服に紅白帽子姿の穣が笑顔を見せ、二人は瞳を潤わせ感激している。
努力した二人には、最高のご褒美であった。
「がんばってこい、穣。全部見てるからな」
準備運動から始まりお遊戯や玉入れ、リレーを見て。
観客席からも応援に熱が入る。
もちろんドラッグストアの面子も同じである。
そして午前中のプログラムが終了し昼食となった。
唐揚げ、サラダ、卵焼きにおにぎり、いなり寿司、フルーツなどが彩りよく三段のお弁当に収められていた。
「本当にすごいわ。静さんと後台さん、お店を開けるわね」
重箱のチョイス、彩りのバランスと、静の美的センスは素晴らしいものだ。
主に後台が作ったという料理は冷めても美味しく食べられるように調理されていて、とても美味しい。
「光栄です」
「そう云ってもらえて、良かった」
「本当に美味しいよ、いっぱい食べる!」
後台と静が作った弁当に穣は美味しそうに頬張り、一通り食べた最後にデザートに取りかかる。
「ブドウ食べる!」
穣が小粒の葡萄を一房、取ると、そのまま口をつけてかじりとっている。
まるでトウモロコシを食べているようだ。
父親の津田も同じ食べ方をしていて、弥生は吹き出した。
「そっくりですね」
弥生がウェットティッシュを差し出すと、津田は受けとる。
「ありがとう、弥生さん」
何気ない言葉だったが、店で見せる顔とはまた違う津田に、弥生は不思議な感覚に陥る。
夫の和人は弥生がフォローすることは当たり前だと思っているし、弥生も妻として当たり前だと思っていた。
感謝して感謝される。
そんな対等な関係を自分は築けなかった。
自分の劣等感は、そこからもあったのかもしれない。
津田の言葉が心地良い。
「いいえ。どういたしまして……津田さん」
いい歳をした既婚者である自分が、職場の上司に親しみにも似た憧れのような感情を抱いている。
それは当に夫と、年の離れた太田美羽のような……。
弥生はハッとして、軽く首を振る。
夫のように行動的にはなれないし、発展することもない。
しかしそんな感情を持っていると知られたら、良い気持ちにはならないだろう。
だから浮気されるんだと、軽蔑されるに違いない。
弁当時間も終盤に差し掛かった頃、髪の毛を頭の高い所で二つに結んだ女の子が話かけてきた。