月の記憶、風と大地
「穣くんのママ、穣くんとお菓子交換してもいい?」
瞳は弥生に向けられている。
当然、困惑した。
「ごめんね。私はママじゃないから、パパに……」
「もちろん大丈夫。なあ?」
弥生が津田に顔を向けると口だけが”ママ“と動き、からかっている。
後台と静は顔を見合せた。
「津田さん。嘘を云ったらダメです」
弥生が呆れながらピシャリと告げる。
先ほどの自分の感情を、否定する意味もあった。
女の子が首を傾げる。
「弥生さんは、パパを叱れるんだよ」
穣が隣の女の子に耳打ちする。
「しりにしかれてるの?」
「?。でもパパは弥生さんの云うこと、きく人なんだ」
津田は無言であり、後台と静は口元を抑え顔を背け、肩を震わせ吹き出すのを堪えている。
「ど、どこで……覚えてくるんでしょうねぇ」
「穣くん、パパが怒られているのが、衝撃だったんですね」
いつもはクールで爽やか、それでいてリーダーであるはずの津田が、弥生の前では形無しなのである。
店舗の外では立場が逆転しているようだ。
お弁当も食べ終わり皆がひとしきり笑った後、穣と弥生は共に席を離れた。
静は手を洗いに洗面所へ行っている。
「お散歩したい。ぼくね、ジャングルジムが好きになってきたんだ。ブランコも大好きだけど」
弥生が穣の手を繋いでいる。
「穣くんを見習わないと、いけませんね」
微笑ましく見送り、後台はミネラルウォーターのペットボトルの栓を捻る。
斜め後ろで敷物に腰を下ろしている津田に、話しかけた。
「津田さん。いつか静さんを『君がいくら強くても、女だろう』とか云いながら、ねじ伏せてベッドで襲いたいです」
津田が後台の肩を指でつつく。
「なんですか、津田さん」
津田ではなく静が立っていた。
文字通り後台が飛び上がる。
「後台さんの考えが、よーくわかりました」
不敵な笑顔で掌を合わせて、静が指の関節を鳴らしている。
黒いオーラを放つ静の後ろで、津田は後台に合掌していた。
「後台さんは上品ぶった、ど変態ですね。あたしに勝ったら、叶えてあげてもいいですよ」
「静さん、ごめんなさい」
「関節がいい感じにほぐれました。あまり素の拳は使わないので。でも、まあ」
静は周囲を見回した。
「お子さまの前で流血や暴力は、良くないですからね。今は、見逃しましょうか」
今は、の部分を強調して静は腰に手を当てる。
「幼稚園児に悪影響を及ぼす言葉は、慎むように。わかりましたか?」
どことなく上司の津田口調である。
「パパに似てる!」
いつの間にか弥生と戻った穣の声に、メンバー全員から笑い声があがった。