月の記憶、風と大地
今回の事で弥生はそれを再認識する。
弥生は和人を見つめた。
「私たちは夫婦をやめましょう。もう、いいでしょう」
反論しようとする夫に呆れたように、制するように弥生は口を開いた。
「こんなことになったのは私たちが、はっきりとしなかったせいでもあるの。このまま夫婦でいても、今回のことはずっとわだかまりとして残るわ」
弥生は真っ直ぐに夫の瞳を見た。
和人の瞳には、弥生の姿が映っている。
「あなたが私を本当に好きだったのなら、先ず太田さんを家へあげない。ましてや関係を持ったりしない。あの時から、私たちは終わっていたのよ」
弥生が冷静に答え和人は手を握り締めた。
「嫌だ。おれは別れたくない。おまえが大切だ」
「甘えないで。私は何でも赦す母親じゃない」
弥生は声を荒げる。
「私は妻だった。でも違ったのよ。あなたは巣立ちの時なのよ」
「弥生」
和人は弥生を見つめる。
「もう、いいわよね……」
弥生は顔を逸らす。
「……わかった」
和人は身を翻すと玄関へ向かい振り返らないまま外へ出て行く。
その後ろ姿を、ぼんやりと弥生は見送る。
「……本当に私が大切なら、彼女の所へなんて行かないわ」
愛人を作り自宅のベッドへ連れ込んだ最低の夫。
しかし今、弥生の脳裏に浮かぶのは出会った頃の初々しい姿、笑顔。
結婚式をして新婚旅行に行き安いアパートで二人の生活が始まって。
夫は出世していき自分は妊娠して。
結局、子供も自分も子宮を失い何かが欠けて狂い始めたように思う。
被害妄想だと云われたらそれまでだが、彼は本当は自分の子孫が欲しかったのではないだろうか。
和人はぶっきらぼうだが優しい男だった。
全てにヒビが入り砕け散る。
弥生の瞳から涙が溢れ頬を流れ落ちる。
これからどうやって生きていこう。
両親もいない。
夫も遂に離れた。
しかしホッとした気持ちもある。
ひょっとしたら自分は結婚に向いていなかったのかもしれない。