月の記憶、風と大地
その後、和人は開発部での経験を生かしリサイクル業を始めた。
捨てられていた自転車を修理し再び販売する。
手先が器用な和人には合っていたようで順調に売り上げを伸ばし従業員も増え、食うには困らない程度に安定しているようだ。
前職で人望のあった和人は部下が彼を頼りに訪れ、今は逆に助けられている。
若い同棲女性の淹れた緑茶を飲み作業着姿の和人は一息つく。
失ったものは大きいが、それ以上に今は充実しているように感じるのだ。
「おれには大企業は合わなかったのか。弥生も、おれには出来すぎた女だった」
弥生が子宮を失ったときも自分は何もできなかった。
「弥生の前では、いい格好したかったのかもしれん」
不運な境遇を乗り越えてきた弥生は和人には綺麗に見えた。
守りたいはずだった。
しかし彼女の云う通り甘え自分の起こした行いが全てを壊し、失う結果となってしまった。
「不器用なんですね」
美羽が云った。
「仕事は出来て優秀で信頼もあるのに、愛情表現が苦手」
二人で始めた生活だが、週末には開発部の面々がお土産を持って訪れる。
幸福といえば幸福。
しかしどこかに、わだかまりはある。
だがもう昔には戻れない。
これからを生きていく。