月の記憶、風と大地
月の記憶、風と大地
──二十数年後。
若い女性と男性がベンチに並んで腰かけている。
「僕の母は後妻なんだ」
若者が云った。
幼い頃に仕事帰りの父親と一緒に遊んだブランコを見つめる。
大きかったブランコが今は小さく見えた。
老朽化のため、この公園は取り壊しが決定したらしく案内の看板が立っている。
住宅地となる予定らしい。
「実を云うと当時は、産みの母が恋しかった。今はそんなことは思わない。産みの親より育ての親だ」
後妻のおかげで本が好きになり折紙や工作もしたせいか、手先が器用になった。
実父は体全体を使ったダイナミックな遊びが中心だったため体力が付き、ボルダリングやマラソンが趣味になった。
器用で体力もある自分の特徴を生かし彼は医師という職業を選び、まだ研修医としてだが彼は動き出している。
「物心ついた時からドラッグストア、っていう環境だったせいかな。誰かの役にたちたくなったんだ」
父親も後妻も彼の成長を喜んでくれた。
金銭面も全てではないがサポートしてくれて、ここまで来ることが出来た。
息子が成人して社会人として歩み始め二人はようやく、籍を入れたようだ。
「この公園で自分にも子供ができたら遊ばせたかったんだけど、そうはうまくはいかなかったな」
残念そうに呟く。
しかし彼の中では、はっきりと覚えている。
色褪せはしても消えることはない。
「僕も父さんや母さんのような、仲良しの二人でいたい」
今思えば父親は母親と出会ってから表情が明るくなったように思う。
幼かった自分は分からなかったが複雑な大人の事情を抱えて、悩んでいたように感じた。
公園で両親が何を話していたのかは分からないが、その時の光景はよく覚えている。
「まだ夢までは遠い。それでも君は、僕といてくれるか?」
女性は頷いた。
幼稚園の頃に運動会で穣とお菓子を交換した女の子で彼女は看護士として働いており、偶然の再会から交際に発展した。
彼がお兄ちゃんと親った後台は、穣が開業した際には医療機器と共にバックアップを約束してくれた。
静も同様である。
一人暮らしの彼の元へ訪れ、料理を作ってくれたり世話を焼いてくれる。
「僕は幸せ者だ。みんなから祝福されていると感じる」
遺伝子こそ遺せなかったが、月の想いは伝えられた。
それはこれからも繋がって行くことだろう。
月の記憶は
風と大地と共に。
『月の記憶、風と大地』終わり