月の記憶、風と大地
弥生の夫、野上原和人(のがみはら かずと)は衣料品メーカーの製品開発部研究部門の部長をしている。
年齢は四十五才。
身長は一七八センチ。
衣料品を扱う仕事をしているので体型には気を付け、ジムに通っている。
その努力の甲斐あってスーツがよく似合う男だったが、本人は作業着を着て現場仕事を好む職人気質な人物だった。
場面は弥生がバスで夫の運転する車を見た後である。
「おれはどうなるんだ」
今日は弥生はアルバイトの面接日で、帰りが遅くなると云っていた。
だから和人は再び不倫相手を自宅へ連れ込んだのだが、今日はベッドを共にするわけではない。
これからを話し合うためだ。
弥生は写真撮影していた。
あれは決定的な写真になる。
「謝りますか」
ソファーに腰をおろした女は申し訳なさそうだ。
お互いに服は着ている。
「ばかを云うな。会社にバレたらおれは終わりだ」
和人は頭を抱える。
彼は知っているのだ。
和人と女の関係を疑り、人事部が内偵に入っていることを。
だから社内では必要事項意外は会話もしなかったし、今日も誰に見られることのない自宅へ連れ込んだのだ。
太田美羽(おおた みはね)は二十八才の総務課の職員で美しく性格も穏やかで、男女問わず人気がある女性だ。
切れ長の瞳にすらりとした鼻梁、整った唇。
肩下まで伸ばした髪、中肉中背の体型。
穏やかで朗らかな性格は育ちの良さをうかがえた。
和人とは飲み会で知り合い、それからは会釈をする程度だったのだが仕事上がりの時間が重なる時に何度か食事をし、酒の勢いで一夜を共にしてしまった。
和人は少なくともそういう認識でいたのだが。
美羽は食い下がる。
「でも部長、私は本気で好き……」
「君はそれでいいかもしれないが、おれはそんな年齢じゃない。もっと若い相手がいいだろう」
和人はこの美羽が自分に本気だとは思えなかった。
顔立ちだって整っているし、実際に男から人気がある。
第一、一七才も年齢が離れているのだ。
「部長がいいんです。部長が好きだから。部長は違うんですか」
じっと見つめられ和人は困惑する。
「それは……」
「野上原部長は優しい方ですし。若い方より安心できます。たまたま奥さまがいらっしゃっただけで」
清楚なブルーのワンピースに白いカーディガン。
細く伸びたスラリとした脚が伸びている。
こんな美女が中年の自分に本気などとはにわかに考えられないのだ。
「どうしたら信じてもらえますか」
美羽は膝の上のスカートの裾を握り締めた。
「信じるとかそういう問題じゃない」
和人はため息をつく。