お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。
がしっ、と回された腕は、ビクともしない。
服越しに感じるアレンの鼓動。
私のキャパは、もうとっくにオーバーしている。
“…禁忌を犯したんだよ。だから、自らけじめをつけた。”
(…!!)
その時。脳裏をよぎったのはメルさんの声。
ぞくっ、と嫌な予感が頭に浮かぶ。
「アレン、ち、近いよ。」
「…っ。」
はっ、とした息遣いの後、遠慮がちに離れる手。
我に返ったようなアレンの琥珀の瞳が揺れていた。
数秒、辺りに流れる沈黙。
やっとの事で絞り出した声は、想像以上にか細いものだった。
「ちょっと、散歩したくなっちゃったから、遠回りして帰るわ。アレンは先に帰ってて。」
「!それなら、私も…」
「だ、ダメ!!今、アレンの顔がまっすぐ見れないから…!」
「…!」
っ、と押し黙る彼は、気遣うようにわざと私から視線をそらす。
どことなく浮ついた桃色の空気が、じれったい。
「ついてこないでね!……絶対っ、絶対だから!」
すると、まるで子どものように照れ隠しをする私にアレンはちらり、と視線だけ向けて静かに答えた。
「分かりました。今は深く聞きません。…でも、落ち着いて屋敷に帰ってきたら、ちゃんと聞かせてくださいね。」
「!」
「逃がすつもりはないので。」
くるり、と背中を向けたアレンは、それだけを言い残して去っていく。
一瞬だけ瞳に映った、執事でも幼馴染みでもない彼の表情に、私の心臓は鳴り止まなかったのだった。