お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。
まさか、師匠におかえりと出迎えて貰えると思っていなかったアレンがドキドキしていると、メルはわずかに目を細めて言葉を続けた。
「ニナは?一緒じゃないの?」
彼の口から出た名前に、ぴくん!と肩を揺らすアレン。そのわずかな動作を見逃さなかったメルは、静かに眉を寄せる。
「何かあったのか?」と尋ねるメルに、言葉を濁したアレンだが、弟子を見つめるローズピンクの瞳は達観したような大人の眼差しだ。
何故だろう。
何故だか、全てを見透かされているような気がする。
以前、城の裏庭でダンレッドと再会した夜。メルさんが執事を引退した理由は、仕えていた令嬢と恋に落ち主従の一線を越えたからだ、と聞いた。
その時、なぜ師匠は執事の一線から退いたのだろう、という長年の疑問が解消されると同時に、あのメルさんでも恋に振り回されるんだと知って、ニナに恋心を抱いている自分が少し許されたような気がしたのを覚えている。
お嬢様と執事は、それ以上でもそれ以下でもない。
他に二人をつなぐものがあってはならない。
そう教え込まれてきたアレンにとって、ニナに想いを伝える事は罪に等しかった。
だが、そもそもアレンが執事を志したのは、ニナに近づきたかったから、という不純な動機である。
(メルさんが知ったら、怒るだろうけどな…)