お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。


ーートン。


その時。優しくアレンの肩をメルが叩いた。

小さく息を吐いてまつげを伏せたメルは、静かに呟く。


「だから、仕事に私情を挟むなと言っただろ。主従の一線を越えるなという執事界の暗黙の了解も、主のために人の道を外れるようなことがないように定められたものだ。」


「でも、メルさんなら分かるでしょう。何も出来ないこの時間が、どれだけ苦しいか…!」


「あぁ。これが五年前で、俺がお前の立場なら、俺は確実に乗り込んでた。」


「ほら…!!」


アレンが眉を寄せたその瞬間、ぺしっ!とデコピンが飛ぶ。

アレンの額を弾いたメルは「だからと言って、バット片手に乗り込もうとする奴がいるか!」と唸り、ローズピンクの瞳を細めて低く続けた。


「土壇場こそ、したたかに攻めろ。圧力をかけて周りから逃げ道をなくすように敵を堕としたほうが確実だ。」


(…?)


メルは、コツコツと壁際へ歩み寄った。

そして、皆の視線が集まる中、そこへ掲げられたラインバッハ国の地図を、トン、と指し示す。


「目撃情報から東に向かうと、目の前は海だ。つまり、ニナはラズナー家が他国との貿易用に所有している港へ連れ去られた可能性が高い。もし見つかったとしても、海に出れば足がつきにくいし、最悪ニナを他国に連れ去ろうとしても航路があるからね。」

< 131 / 164 >

この作品をシェア

pagetop