お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。
その瞬間。
私の中の何かが切れた。
動けなかった体が嘘のように軽い。
鋭い視線で睨みつけた私に、動揺する執事とシェリンダ。ツカツカと歩み寄る私に、彼らは思わず身構える。
そして、リミッターがぶっ飛んで感情の針が振り切れた私が手にしたのは、近くのテーブルに置かれたティーポットだった。
「お嬢様、おやめください!」
私の行動を察したらしいアレンが、切羽詰まったように叫ぶ。
しかし、私の手は止まらなかった。
ポットを逆さにした瞬間、中の紅茶が、一気に外へ流れ出る。
しかし、その先にいたのは私自身。
てっきり紅茶をふっかけ返されると思っていたシェリンダ達は、唖然として目を見開いている。
「これで、満足?」
フロアに響く私の声に、辺りが静まり返る。
アレンでさえ、私の予想外の行動に体が硬直しているようだ。
「私はこれくらい、痛くもかゆくもないわ。偽物のドレスの罠でマウントをとられたり、みんなに笑い者にされたり、紅茶まみれになって屈辱的な言葉を浴びせられたって、どうって事ない。」
“でも”
髪の毛から紅茶の雫が落ち、頰へ滴る。
私の言葉の続きに、その場にいた全員が息を呑んだ。
「私のアレンを悪く言うことだけは許さない。彼はこの世で、一番優秀な執事だもの…!」
シェリンダをまっすぐ見つめ返し、語気を緩めず言い放つ。
「何も知らないくせに馬鹿にしないで…!汚い手を使って陥れようだなんて画策するあんた達より、何度足を踏まれようとダンスの練習に付き合ってくれたアレンの方が、よっぽど一流よ!」