お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。


いつのまにか、オーケストラの演奏も鳴り止んでいる。

震えた声が響いた先に、シェリンダのこわばった表情が見えた。


磨かれた床に落ちる紅茶の雫。

視線を落とすと、タンカを切った私でさえ、足がガクガク震えている。


(やってしまった。…もう、終わりだわ。)


二週間かけて形になったダンスも令嬢としての知識も、結果にならないまま消し飛んだ。

真っ暗な未来に、希望なんて残っていない。


ごめんなさい、サーシャ。

私、とんでもないことを…!


…と、思わず涙が溢れそうになった

その時だった。


「こら。何やってるの、このおてんば娘。」


ばさり、と、見覚えのあるトレンチコートがかけられた。

泣き顔を隠すように私を抱き込んだ彼から、ふわりと甘い香りがする。


「メルさん…?…!」


覆われた視界の向こうから、アレンの驚いたような声が聞こえた。

血の通っている感覚さえ失った私を、コートの彼は静かに引き寄せる。


「おいで、ニナ。今は、ここを出よう。」


初めて聞くような、想像の彼よりもずっと優しい声に、こくん、と頷く。

そして、彼に導かれるままに、私はコートの中で泣きながら、舞踏会のフロアを後にしたのだった。

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