お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。
「さぁ、ニナ。ここからどうする。」
声をあげたのはメルさんだった。
彼の綺麗なローズピンクの瞳が、まっすぐ私を映している。
「無事に一件落着したところで帰ることもできるが、まだ舞踏会は終わってない。」
「え…?」
「俺の言った通り、ステップを覚えてくる宿題はやってきたんだろうね?」
予想外のセリフに言葉を失う私。
表情ひとつ変わらないクールなメルさんに、私は慌ててドレスを見せた。
「も、もちろんステップは覚えたけど…今から会場には戻れないわ…!ドレスは偽物で、紅茶のシミだってついてるもの…!」
すると、黙ってまつげを伏せた彼は、シャツのポケットからおもむろに通信機を取り出した。
どこかへ連絡を取るメルさんは、相手が電話に出た途端、通話口に執事モードの柔らかい声で話し始める。
「ご無沙汰しています、ロヴァさん。メルです。急に連絡して申し訳ありません。…おや、寝ていましたか?」
“ロヴァ”…?
どこか聞き覚えのあるその名前に、首を傾げる。
「えぇ、折り入ってお願いが。今から、ドレスを一着用意できますか。場所は、城の舞踏会場です。出来ればセットの燕尾服も。…ふふっ、さすがですね。いえいえ、こちらこそ。また、食事の席でご挨拶させていただきます。…それでは。」
それは、数分の取り引き。
誰もが状況を飲み込めずにメルさんを見つめた。
おずおずと見上げると、彼は、ふっと微笑んで低く告げる。
「君のドレスは手配したよ。あと数分で、近くの店舗から届くだろう。」
「ど、どういうことですか…?」
「ダンスを披露するなら、新しい衣装がいるだろう?安心して。今度はちゃんと本物のミ・ロヴァだから。」