お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。
どきりとした。
核心をつかれ、言葉に詰まる。
すると、私の心境を全てを察しているようなメルさんが、すっ、と私の隣に腰かけた。グレージュの綺麗な髪が、さらさらと風になびいている。
「気にすることはないよ、ニナ。執事は、いわばお嬢様の影だ。時には、見えないところで仕事をする時だってある。自分の大切な人のためなら、なおさらね。」
(そっか。メルさんも、元は執事だったんだもんね。裏の仕事を知っていて当然なんだ。)
その時、ふと、私はぽろり、と心に浮かんだ疑問を口にした。
「そういえば。メルさんって、どうして執事を辞めちゃったんですか?」
それは、彼と出会った頃からずっと気になっていたことだ。
かつてメルさんは、社交界でその名を知らない人はいないほどの一流執事だったのに、突然、表舞台から姿を消して、今は素朴な田舎暮らし。
気にならない人なんているのだろうか。
「プライベートの領域だけど。」
「ご、ごめんなさい…」
冷たい瞳でこちらを見下ろす彼。
興味本位で尋ねたことを後悔しつつも、謎多き彼をチラチラ見つめていたその時。
小さくため息をついたメルさんは、腕にかけた燕尾服へと視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「禁忌を犯したんだよ。だから、自らけじめをつけた。」