S'5s☆
ただ無言で車を走らせる彼。
いつのまにこんなにも大人になったんだろう。
スーツ似合いすぎてるし。
運転の時だけつけるメガネが色っぽいし。
そもそもなんであたしなんかと付き合ってんだろ…。
お昼に見た彼女はあたしとは比べ物にならないくらい、キラキラしてた。
高いヒールも、高級ブランドのバッグも嫌味に感じさせない上品さがあって。
悔しいけど、彼の隣が似合ってた。
いつもなら、あたしが助手席で話続けている車内。
あたしが無言だから当然エンジン音しか聞こえない。
どこに向かってるのか、なんてどうでもよくて。
昼の光景だけが頭をよぎって、悲しくなった。
真剣な顔で運転してる彼の横顔が、だんだん滲んで見えてきた。
『あの女だれ?って聞けばいいのよ』
そう友人は言ったけど、あたしはむり。
こんなに傷つくなら、彼の側から離れたい。
せっかくの5年記念日に奮発して買ったワンピースはさっきまで隣に座ってた知らないおじさんのタバコで臭い。
今日のために準備した彼に似合いそうだと思って買ったネクタイは、きっと彼の手には渡らない。
本当はディナーで渡すつもりだった、5年間のアルバムも。
あれ作るの大変だったのにな。
写真が嫌いな彼とのアルバムなんて、写真よりあたしからのメッセージの方が多くなってしまった。
「降りろ」
いつのまに車が止まったのかわからなかった。
泣いてるあたしなんか気にもしてない様子の彼は、先に車を降りてしまった。
「降りろって言ったんだけど?」
あまりにも車から降りないあたしに業を煮やしたのか、彼が助手席の扉を開けた。
「泣いてちゃわかんねぇよ」
「…」
言いたいことは山ほどあるのに、彼を好きな気持ちが邪魔をして、嫌われたくないと口が開かない。
あの女の人はだれ?
あたしはもういらない?
5年記念日、一緒に過ごしたかった。
いつのまにか大人になったのはあたしも同じで、彼は色気を、あたしは臆病を手に入れたらしい。
「とりあえず降りろ」
促され、車を降りて、やっと気づいた。