刺激を求めていたオレが念願の異世界転生を果たすも、そこはラスボス手前のセーブポイントだった件
煙幕に向かって駆けていく。周りの景色の流れからして、元の世界のオレでは考えられないスピードで走っているようだけれど、身体の動きと感覚との乖離でバランスを崩すことも無い。転生した身体は、この速度で走れると細胞レベルで記憶されているのかもしれない。

ミーアがやられた時、ティケルヘリアや魔族二匹の気配はなかった。煙幕に触れた瞬間にノドが掻き切られたのだとしたら、もしかしてあの煙自体が刃の様な特性を持っている敵の攻撃の可能性も・・・?

いや、そうだとしたら次いでアレックスが飲み込まれる時には何もなかったことに辻褄が合わない。つまり、あの煙は、その直前に何かが爆発した時に発生した衝撃波が床を吹き飛ばして砂塵を巻き上げたものと見て間違いないだろう。

推進力を失った煙幕がある一定の場所に留まる様にして、周囲へと拡散するのを止めた。オレは弓を構えながらその手前で一旦足を止める。そして、そっと煙に手を入れる・・・

「うん、ただの煙幕だ。ミネルヴァお姉さま!オレはこのまま煙幕の中に侵入してアレックスとの合流を試みます。もし、その間に敵が煙幕から出てきたらあとの皆で連携して、オレ達が戻るまで耐えてください」
「ええ、分かったわツバサ。気を付けて」
「はい!」

オレは弓を持った左手を前に突き出して、煙を払いながらどんどん中心へと向かっていく。濃い土煙でむせそうになる。足元も吹き飛んだ砂礫がカーペットの上に散らばっていて、油断するとバランスを崩しそうだ。

ここまでの流れ・・・・・・オレとミネルヴァお姉さまの初弾はやはり失敗だったという事だろうか、そして煙幕に飲み込まれる時の奇襲。あの瞬間、誰も敵の気配を察知することができていなかったように思う。遠目に見ても身震いがしそうなほど禍々しい気配を放っていた敵が接近していたことに気付かないなんてあり得るのだろうか?仮にそうだとして、相手の攻撃の気配を感じることすら出来ないほどに、力は隔絶されているのか?

いや、それほどまでに力の差があるのであれば、この先で待ち受けているであろう魔神王の討伐などできるわけがない。

「……きな臭い感じがしてきたな」

オレはじりじりと進んでいく。土煙の奥に人影は見えない。アレックスが争う気配もなければ魔族が暴れる気配すらない。

「もう少し中まで潜るか」

これほど濃い土煙の中では最早こちらにイニシアチブはない。中距離・後方支援のアーチャーがここまで出張っては、最悪の場合距離を詰められてなぶり殺しだろう。
立ち込める土煙は、まるで目の前の真実を隠している様な気にさえなる。

「ん?あれは……アレックス?
アレックス!大丈夫か、アレックス!」

少し先に人影が見えた。まだ魔族が動いていなければ距離はあるはずだ。それに、あの後ろ姿はアレックスで間違いないだろう。なぜあんな所で立ち止まっているのかは分からないけれど。

「おい、アレックス!なんだか嫌な予感がする、一旦引こう。
・・・・・・アレックス?」

声に反応しないアレックス。肩に手を置くと、その身体はがくがくと震えている。アレックスは酷く動揺しているようで、真っ青になり冷や汗をかいていた。そして、両手で頭を抱えて、膝から崩れ落ちた。

鎧がこすれる音が土煙と、柔らかなカーペットに飲み込まれる。

「違う。オレじゃない。オレはやってないんだ!信じてくれツバサ
あぁ……なんで、なんでこんな!!!」
「アレックスどうしたんだ?落ち着けって」

アレックスの目線の先、床に何かがあることに気が付いた。オレはっゆっくりとその何かに歩み寄る。そういえばアレックスは大剣を手放していた。あの先に見える垂直に立つ影はアレックスの剣か?だとしたら、その切っ先、床に転がっている塊はなんだ?

影は次第に明確に輪郭をおびてきて、それがアレックスの大剣だったことが分かった。じゃあ、その切っ先に穿たれているであろう影はいったい何だ?

「……なっ!?」

その正体を知って、アレックスが何を否定したかったのかが分かった。しかし、嘘だろ?あのアレックスが弱々しく震えながら否定していたのってつまり・・・・・・

アレックスの剣が貫通し深々と床に突き刺さるそれは、見紛うことなく死体だった。顔を布で覆った人が息絶えている。

「この死体ってアサシンのものだよな?」

黒ずくめの小柄な死体の胴には深々と業火を摸したような大剣が突き刺さっていた。そこから流れ出る血は蠢く虫のようにカーペットを汚していた。

アレックスは依然として頭を抱えているが、この状況では最早疑う余地もない。

「アサシンを殺したのはお前なのかアレックス?」
「違う!違うオレじゃない!!オレが土煙の中に入って影を見つけた3匹だ。そこに向かって剣を振りかざした時、違和感が。それで、目の前に……うあぁ」

ーーくそっ。何がどうなってるんだ。このままわけが分からないまま戦えるわけがない。というか、ミーアとアサシンがやられて、肝心の勇者様が戦意喪失。こんな状況……もうすでに”詰んでる”だろ。

「退却だアレックス!まずはこの場から離れよう」
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