刺激を求めていたオレが念願の異世界転生を果たすも、そこはラスボス手前のセーブポイントだった件
結局オレはうだる暑さに耐えきれず、こぼれ出たその感情から逃れる術もなく、気分転換に外に出た。

「今月の小遣いは……残り4千円か」

黒い折りたたみ財布から野口さんが4枚こちらを見ていたが、まだ月も半ば、これでもって豪遊することは叶わず、オレはしばらく2択で迷うことになる。

「やることはさして変わらない、がしかし!金を掛けて優雅に個室で片手にドリンクバーか、冷房は同じく効いているが公共機関の端っこでタダでか」

特に金持ちでも貧乏でもない普通の家庭に生まれた。人並みに「宿題をやりなさい」と言われることはあるけれども、過分な期待をかけられている訳でもない。部活は小学生の頃はサッカークラブに入っていたけれど、特に続ける理由もなくて中学からは帰宅部だ。そのことについて何かを言われたこともない。

基本的に熱中できるものが見つけられない性格だから、特に取り柄と言える高尚なものをもたないオレは、まぁ普通に宅配便の荷降ろしのアルバイトを暇な日に入れて、遊ぶ金だけは自分で稼いでいた。

とはいえ高校生のバイトなんて、そう長い時間も入れないし、時給だって安いから家に金を入れる様な気概も、今後の為に貯金をする計画性もないわけで。今月の財布事情はお察しの通りというやつだ。

オレは確認の為に開いた折りたたみ財布をたたんで、右の尻ポケットに突っ込んだ。ただエントランスの日陰で手持ちの確認をしただけでもう汗が流れている。首元が汗を吸って肌に張り付く不快感で無意識にため息が一つ出ていた。

と、話を元に戻すと……要は漫喫に行って少しの出費はあれども、ちょこっと贅沢な時間を堪能するのか?区民図書館にいってのんびりと読書に励むのか?その選択を迫られているわけだ。

何故迷うのか?それはオレにとっては涼しい場所で漫画やラノベでも読めれば満足なわけで、お財布も一応は余裕があるから二つの行先の価値は同程度だからだ。

「悩んでるのもダルいな。ここに立って悩んでいても暑ぃだけだし、とりあえずは歩きながら考えよう……」

エントランスの影がはっきりと自分の領地を誇示している。足先から日差しに入って、Tシャツと七分丈のズボンから出ている肌が焼かれるように感じた。容赦のない太陽を隠す様に手を目の前にかざして、オレは歩き始めた。

さて、これから起こることが同等程度の価値なのだから、そこまでの過程を重んじる方が建設的と言えるだろう。この暑さの中でちょっとした散歩をする様な距離にある漫喫に行く労力を使うくらいなら、他の利用者の存在に目を瞑るだけで済むより近い図書館をオレは選ぶ。

「しかしまぁ、退屈だなぁ。なんか刺激的なことでも起こらんもんかね?」

なんて誰に向けた文句なのかも分からないことを口にしてみたけれど。特段“これ“といった欲求はなく、「じゃあ刺激的なことってなに?」と問われれば、数秒沈黙した後に「あー、なんとなく刺激的なことだよ」と答えるのが関の山。その程度の欲求なんだけれど、こういう欲求って皆が当たり前にもっているものなんじゃないのかと思うんだよな。

「ヒロシ遅ぇよ、先にいっちゃうぞー」
「はははは、がんばれヒロシー」

中学性の野球少年が三人、ユニフォームに身を包み、パンパンになったエナメルバッグを肩に提げて自転車を漕いでいく。先を行く二人は笑いながら後ろにいる友達にそう声をかけていた。立ち漕ぎで勢いよく回った車輪が音を立ててあっという間に背中の方で消えていった。

「ちょ、ずるいって、そろそろ変われよ!」

たぶん荷物持ちじゃんけんに負けたのであろう後ろの少年は三人分のバットケースを提げていて、立ち漕ぎで足を踏むたびに揺れたケースが、中の金属バットを小刻みにぶつけて乾いた音が跳ねるように鳴っている。

今しがた見送った少年たちは、オレが感じているこの小さな名もない欲求を理解してくれるだろうか?オレは自分の中にあるであろう答えに目を伏せて、彼らとは反対の道を進んでいくのだった。

< 3 / 36 >

この作品をシェア

pagetop