異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
 
「サイ、あまり時間がない。遊ぶなら手短にしろ」

 前へ出たサイと呼ばれた男に命令したのは、ローブの男の中でもひときわ威圧感を放つ長身の男だった。
 
「プリーモ、心得ている」

 振り向くことなく返事をしたサイは日本の太刀のような獲物を背から抜き放つとブルートパーズの瞳をスッと細める。誰でも感じ取れる明らかな敵意に、私の後ろに隠れていた貴婦人は気を失ってしまった。

「大丈夫ですか!? しっかり……っ」

 彼女の脈を確認すると正常だったので、私はひとまず胸を撫で下ろす。

 でも、意識のない彼女を連れて逃げるのは不可能に近い。私たちの前にいる敵はざっと十名ほどだが、纏う空気から手練れであることはなんとなくわかった。

 いくらローズさんが強くても、私たちが人質に取られれば話は別だ。

 礼拝堂の中ではいまだに剣のぶつかり合う音が響いているので、助けは期待できない。圧倒的にこちらが不利な立場にある。

 この女性は絶対に巻き込んではいけない。それだけではない、ローズさんが私たちのせいで思うように動けず、怪我をするような事態は避けなければ。

 考えなくちゃ、自分にできることを……。
 最善という言葉が頭の中でぐるぐると駆け巡り、最終的に導き出した答えを今まさに斬り合いを始めようとするふたりにぶつける。

「あのっ、あなた方はなぜこんなことをするんですか?」

「……仲間が来るまでの時間稼ぎか。小賢しい」

 邪魔をするなと言わんばかりにサイの鋭い眼光が飛んできて、私は怯みそうになったけれど、負けじと視線を逸らさなかった。

「正直に言えば、私たちのほうが分が悪いんです。彼女のことも助けたいけど、あなたたちから逃げ切るのはこの状況では無理でしょう? だから、聞ける条件なら呑むわ」

「あんた、下手なこと言ってんじゃないわよ!」

 勢いよく私を振り返ったローズさんは焦りの滲んだ表情をしている。心配してくれているのがわかったが、私は頑として意見を変えるつもりはなかった。

「でも、事実ですから」

 ばっさり言い切れば、それを聞いていたプリーモと呼ばれた男がふっと笑う。なにが彼の笑いの沸点を刺激したのか、肩を小刻みに震わせていた。

「いいだろう。我らの目的はお前とそこの赤髪の男だ」

「え、私と……ローズさん?」

 フードの奥から覗く赤い瞳が怪しく光る。それは見た者の動きを封じる魔力でも宿しているかのように、私の身体は固まる。

 恐怖ではない。だだ、その赤に魅入られるように、私は言葉を発することも息をすることさえ忘れて、プリーモの目から視線を逸らせずにいた。

 そんな私のところへ、プリーモはツカツカと漆黒のブーツを鳴らしながら近づいてきた。守らなければ、と意識のない貴婦人の身体を強く抱きしめる私を彼は冷酷さを滲ませた眼差しで見下ろしてくる。
 
「立て」

 言われたとおり無言で腰を上げれば、布のようなもので鼻と口を覆われた。ふわっと甘い香りが鼻腔を掠め、頭がぼんやりとしてくる。

「若菜! ちょっと、その子になにを嗅がせたのよ……っ」

 ローズさんの取り乱す声がした。大丈夫だと返事をしたくても瞼は勝手に閉じていく。視界が暗闇に支配されたことで眠気はいっそう強くなり、私はついに意識を手放した。




 目が覚めると誰が描いたのかはわからないが、高解像度の写真と言われても疑わないだろう天使の絵画が飾られた壁に深みのある木材で造られた高級な調度品。明らかに庶民が住む家ではない部屋のベッドの上に、私はいた。

「私、どうしたんだっけ……」

 確か、シェイドと結婚式を挙げている途中でローブの男たちに襲われて、変な薬を嗅がされたあとに気を失った。

 なら、ここは敵の隠れ家だろうか。その割には立派な部屋に閉じ込められている気がする。もっと鉄格子やら拷問器具やらが置いてあるのを予想していたのだが、随分と捕虜相手に待遇がいい。

「目が覚めたんだね、気分はどう?」

 横になったまま思考を巡らせていた私の視界を以前、サバルドの森で出会った銀髪の青年の顔が占領する。
 よく見ると彼のローブには、前にローズさんが拾ったバラの紋章のブローチが留まっていた。

「あなたは誰なの?」

「僕は……今はクワルト、だよ」

 一瞬、言い淀んだ気がしたのは気のせいだろうか。困ったというふうに眉尻を下げつつ、彼は苦い微笑を口元に浮かべている。

「クワ……ルト。それがあなたの名前?」

 やっぱり、聞いたことのない名前だわ。なのにどうして、この子を知っている気がするんだろう。シェイドの言った通り、どこかで手当てした患者だったのかしら。

 心の奥底からわきあがる懐かしさに記憶が揺さぶられている。思い出さなければならないことがある気がして、私はクワルトから目を離せなかった。

「そうだよ。そしてここは宝石や装飾の生産が世界一だったアストリア王国。今は奇病が流行って、栄えていた頃のような豊かさは見る影もないけどね」

「奇病?」

 上半身を起こしながら尋ねると、クワルトもベッドに腰かける。

「うん。死者数は少ないけど、症状の重い者は数日でミイラ化する病気なんだ」

「なんですって……そんな病気、聞いたことがないわ。それで、私が攫われたのはその奇病となにが関係があるの?」

 私が攫われたあと、あの女性やローズさんはどうなったのか。礼拝堂に残ったシェイドや騎士の皆さんは無事なのか、わからないことばかりだ。

 そんな不安が顔に出ていたのか、知らず知らずのうちにシーツを握りしめていた私の手をクワルトが握る。
 
「順を追って、僕たちレジスタンスのことを説明させて」

「レジ……スタンス?」

「そう、あなたを連れ去ったローブの男たち。あれはレジスタンスといって、僕を含めた五人の幹部とその運動に賛同している民の集団なんだ」

 民が国の主である王族を襲ったということ?
 確かに王位争いに巻き込まれた民たちの憤りは頻発する内戦で身に染みている。

 けれど、シェイドは眠る時間も食事をとる暇もないくらい、自分にできる限界まで民のために復興支援に尽くしているのだ。

 それは民からすれば、当然の責務なのかもしれない。でも、こんなことを言ったら罵られるかもしれないが、そばで見ていたからこそシェイドの頑張りを認めてほしいとも思ってしまうのだ。誰よりも民想いの彼が、その民に憎まれるだなんて心が千切れそうになる。
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