異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
「雰囲気がな……オルカに似てるんだ。今も生きていたなら、あんなふうに大人になっていたんだろうと考えてしまった」
「ふたりであの子を知っている気がするなんて、すごい偶然よね」
年齢も見てくれもずいぶん違うけれど、湊くんが二十代になっていたら、ああいう大人の男性になっていただろうなと思う。
私だけでなく、シェイドも彼に懐かしさを感じているのだと知ってスッキリした。
「そうか、オルカは湊として若菜の世界に転生していたんだったな。警戒しなければならないはずの相手なんだが、どうも気が緩む」
苦笑いしながら私たちは薬と経口補水液を作り、一緒に患者に配った。患者が回復に向かっているとはいえ、たったのふたりで診るのは重労働だ。
「若菜がこの施療院に来て、まだ一日だろう? この国ではかかればミイラになる奇病が流行っていると聞いていたが、予想よりも元気な者が多いな」
次の病室に向かうために廊下を歩いていると、シェイドが驚いた様子で病室を振り返っていた。
「ええ、酷い脱水だったけど、ほとんどの人に水を飲む気力が残っていたから、たくさん助けられたわ。でも、脈もとれないほど弱くて意識もない患者は……間に合わなかった」
この世界には点滴がないので、彼らが自ら水分補給できなければ脱水は治療できない。私はまた自分が見捨てた命のことを思い出して、かぶりを振る。
悩んでいる暇も振り返っている時間も私にはないんだから、生からこぼれ落ちた命のぶんまで救える命と向き合うのよ。
ふとした瞬間に忍び寄ってくる影に負けないように自分に言い聞かせていると、シェイドの手が私の頬に触れる。それを合図に足を止めた私たちは自然と向き合った。
「患者の前では辛くても気丈に振る舞わなければならないんだろうが、俺の前では看護師の若菜でいなくとも構わない。あなたの夫になる男なのだから」
「シェイド……私、顔に出ていた?」
「他の者なら気づかないだろうが、俺にはわかる」
彼の指が私の下瞼に軽く触れる。きっと彼は目に見えなくても、私が心で涙を流していると気づいてしまうのだ。
「……早く対応すれば助かる病気なのに、救えなかった人がいるって事実が苦しいのよ」
「そうか」
「それに私は救える可能性のある人間を優先して治療した。私が諦めた命のことを思うと、改めて重い仕事だなって……っ、怖くなったわ」
声が震えて、私は薬や経口補水液が載った木製のトレイを強く抱える。それを見ていたシェイドは頭に浮かんだ考えや胸にわき出る感情を整理するかのように目を宙に据えた。
「俺も戦場の最前線や撤退のしんがりを誰に任せるかを決めるとき、若菜と同じことを思う。自分の采配で散る命があると思うと、重い役目だとな」
幾多の戦場で彼は苦しい選択を迫られて、犠牲になった命を悲しむ間もなく剣を振るう。そんな怒涛の日々が彼にとっては当たり前だったのだ。
だからこそ、彼は私の無力感や命を預かる重圧を理解できるのだろう。この感覚を共有できる相手というのはきっと、シェイド以外にいない。
「身を置く場所が違うだけで、俺たちは似ている。だから、お互いの前では強がりはやめにしないか……って、毎回この話になるが、なかなか難しいな」
看護師の仕事はなにがあっても動じない、毅然とした振る舞いが求められているため、普段から悩みは顔に出さないよう努めている。
それゆえに急に弱音を吐いてほしいと言われてもできない。甘え下手なところは似た者同士なので、辛いことがあっても基本的には自分の中で解決しようとしてしまうのだ。
「なら……今みたいにお互いが相手の気持ちに気づいて、うんと甘やかせてあげればいいんじゃないかしら」
「ああ、言葉や態度に出せないぶん、俺が若菜の痛みに強引にでも寄り添おう」
「私も、あなたの苦悩を誰よりも早く察して支えるわ」
顔を見合わせて微笑み合っていると施療院の入り口に見知った人を見つけた。反射的に私は「あっ」と声をあげる。
シェイドも私の視線を辿るように施療院の外を見て、花束を手にうろうろと歩き回る青年に気づき、「見舞いか?」と首を捻った。
ふわっとした赤茶色の髪に丸い大きな眼鏡。顔のそばかすが印象的な彼は、私たちと目が合った瞬間に踵を返す。
――あの子、もしかして……。
エミリさんの話していた婚約者の彼のことを思い出して、私はとっさに叫ぶ。
「待って! あなた、ロメリオさんじゃありませんか?」
私の声が聞こえたのか、足を止めた彼はギギギッ……と滑りの悪いロボットの首を動かすように振り返った。その反応でロメリオさん本人であると確信し、笑みを向けると彼は躊躇しつつもこちらにやってくる。
「どうして、僕の名前を?」
「エミリさんからあなたの話を聞いていたから、もしかしてと思ったの。運よくここで会えてよかったわ」
話を進める私とロメリオさんにシェイドが不思議そうにしているのに気づいて、簡単にエミリ・ドーソンさんという患者がこの施療院にいることを説明した。
「ねえ、どうしてエミリさんに会わずに帰ろうとしたの?」
重度の脱水で顔が以前と変わってしまったエミリさんは、嫌われるのを恐れて彼を遠ざけた。
そして、どうして突き放したのかをロメリオさんには話していないのではないだろうか。
なんとなく事情は察しながらもあえて問いかけると、彼は物憂げに俯く。
「それは……会いたくないから、来ないでくれって言われてるからです」
「……その理由は聞いた?」
首を横に振るロメリオさんに、やっぱりと息をつく。
いきなり拒絶されて、怖気づいてしまったのかもしれない。話し合う機会を作ろう、と考えている私の隣でシェイドはロメリオさんの肩に手を載せた。
「お前たちになにがあったかはわからないが、エミリさんの言葉が全て本心から出たと決めつけるのは早い。相手を想ってつく嘘もあるだろう?」
「シェイドの言う通りよ。ロメリオさん、エミリさんは扉越しだったらあなたと話したいって言ってたわ」
不安げに「え?」と顔を上げたロメリオさんに、私は大丈夫だと励ましを込めて笑いかける。