異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
「ノーノ様、この者たちはどうなさいますか?」
レジスタンスのひとりが腰を低くしてノーノに判断を仰ぐ。ノーノの判断が私たちの命を如何様にもできる権利を持つのだとわかり、ゴクリと喉を鳴らした。
「牢屋にぶっこんどいてよ。あとでじわじわ苦しめて、勝手に愉しむからさ」
残忍な笑みを口端にたたえて、ノーノは私たちを地下牢に放り込んだ。
私は牢に鍵をかけた見張りの姿が見えなくなると、すぐさま倒れこんでいるエドモンド軍事司令官の横に膝をつく。
エドモンド軍事司令官の服をはだけさせると、右半身には数ミリの射入創――銃弾が体内に入った創がいくつも見受けられた。逆に射出創――銃弾が体内を貫通して出たときの創部はみられない。つまり、銃弾が体内に留まっているということだ。
「肌の上から銃弾が触知できる……もしかして皮下、もしくは筋肉内にあるのかも。これなら取り除けそうだわ」
私は牢に連れていかれることを知った際に救急セットが入った鞄から、こっそり薬と治療道具を自分の服やブーツの中に移して隠し持ってた。
私は制服についている胸元のリボンを解き、右腕の射入創の上で縛ると皮下に埋まっている銃弾を鑷子で取り除く。それから直接圧迫して止血すると、痛みと出血のせいで青白くなった額に大量の汗をかいているエドモンド軍事司令官が片側の口角を吊り上げる。
「あの状況で治療道具くすねてたのか……すげぇ度胸だ」
「人聞き悪いですね。くすねたんじゃなくて、もともと私物ですよ」
「はっ、生意気な女だな。それにしても……銃弾が腹部に貫通しなかったのは、不幸中の幸いだ」
荒い呼吸で大したことないと笑うエドモンド軍事司令官に、私の堪忍袋の緒が切れる。
「運が良かったんです、あなたは。手足だって、銃弾が大血管をかすれば大量に出血して死ぬんですよ! なのに、私の盾になろうとして……」
「俺だってバカじゃねぇ。ノーノのショットガンは散弾銃……貫通力は低いし、銃弾は皮下か筋肉で止まる。距離もあったから、被弾しても平気だと踏んだ」
「だからなんだって言うんですか……っ」
エドモンド軍事司令官の身体に痛々しく残る銃創を見た私は泣きそうになりながら銃弾の除去と止血を繰り返した。洗浄する水がないため、抗菌作用と止血作用のあるヨモギの葉を指で揉んで汁を傷口に塗っていく。
「私がどんなにあなたたちの命を大事に思っていても、戦場に立つ皆さんは自分の命を軽んじる。そういうところ……っ、本当に腹が立ちます」
鼻をすすりながら叱る私に、エドモンド軍事司令官は目を見張った。
命よりも叶えたい願いのために戦う彼らを止めることはできず、私は何度も『行かないで』の言葉を飲み込んで見送ってきた。
頭ではそれが彼らの生きる意味なのだと理解していても、心が追いつかない。
口では強気であるように見せかけて淡々と手当てをしていると、エドモンド軍事司令官の刃の如く鋭い目つきが柔らかくなる。
「……シェイドに捨てられたら、俺が嫁にもらってやらないこともないぞ」
「そんな冗談が言えるなら、大丈夫ですね」
「冗談じゃないんだけどな……」
瞼が閉じるのに合わせて言いかけた言葉が吐息に変わり、エドモンド軍事司令官が眠りについたのだとわかった。
このまま傷が化膿しなければいいんだけど……。
薬も限られている中でどこまでできるかはわからないが、私は牢屋の中でエドモンド軍事司令官の看病をした。
数日後、薬草が底を尽きてエドモンド軍事司令官は発熱してしまった。その額の汗をハンカチで拭っていると、牢の外に足音が響く。
顔を上げると同時に、鉄格子の外にオッターヴォとノーノが現れた。
ノーノはその場にしゃがみ込むと膝の上に両手で頬杖をつき、楽しげにこちらを眺める。
「虫の息ってとこ?」
「……っ、お願いします。彼のために抗菌作用のある薬草をくださいませんか?」
ダメ元で頼んでみたのだが、ノーノは心底理解不能と言いたげに口を半開きにして「はあ? バカなの、お前」と呆れている。
「敵を助けて僕たちになんのメリットがあるって言うんだよ。せいぜい鉄の虫かごの中で、もがいてもがいて……死になよ。そうやって傲慢な権力者が悶え苦しむ姿って、最高に興奮するよねぇ」
狂った考えを平然と語るノーノに、背筋に嫌な汗が伝った。
たぶんこの人の機嫌を損ねれば私もエドモンド軍事司令官の命も、それこそ虫のように握り潰すか踏み潰すかして殺される。
けれど、問わずにはいられない。
「……あなたたちがなにに対して復讐をしているのかはわかりませんけど、エドモンド軍事司令官があなた方になにかしたんですか?」
「そいつがどうとか、関係ないし。権力者はひとくくりに悪だよ」
「確かに権力者の中には悪人がいるのかもしれないけど、善人だっているわ。あなたが憎しみを向ける相手はエドモンド軍事司令官でも、この国でもないはずよ」
ここで私が引いたら、エドモンド軍事司令官の傷はさらに悪化するだろう。化膿した傷から菌が血中に入り込み、全身に広がって死に至る敗血症になる危険がある。なんとしても抗菌薬を手に入れなければならないのだが、ノーノは私の話を聞いても表情を変えない。それでも言葉を重ねようとしたとき、ノーノの後ろに控えていたオッターヴォが前に出る。
「人は力を持つと傲慢になる。正しく在れない」
「そんな……」
首を横に振りながら、脳裏に浮かぶのはシェイドの顔だった。
レジスタンスの人たちは権力者に自分の命を玩具のように扱われた過去から、人を信じられないでいる。だから迷う。貴族の愛人の子だからと捨てられたクワルト、権力を使って自国の町に疫病を撒いた政務官。権力者の横暴な所業を目の当たりにしてきたからこそ、彼らの意見を真っ向から否定できない自分がいるのだ。
でも、私は助けを求める誰かのために自分の幸せも後回しにして、役目を全うしようとする人を知っている。
シェイド……あなたのような人がいることを彼らにも知ってほしい。知ったからってなにかが変わるかはわからないけれど、それでもクワルトのように罪を犯してから罪悪感に苦しむことのないように彼らを止めたい。今ならまだ間に合うと、私は説得を試みる。
「ねえ、あなたたちのしていることは、あなたたちを苦しめた権力者となにが違うの? アストリア王国の大勢の民を傷つけ、ミグナフタ国の兵を殺し、あなたたちの革命は正しいといえる?」
その問いの答えは銃声だった。銃弾が右足を掠め、鋭い痛みとともに灼熱感に襲われる。立ち上がって銃口をこちらに向けているノーノは冷ややかな目で、私を見下ろしていた。