異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
町境の幕舎に戻った私たちはアイドナの町から一足先に戻ってきていたシェイドたちと合流して、緊急会議を開くこととなった。
私は井戸に人の腸に寄生する虫がいて、それが感染症を引き起こしていたのではないかと話す。
「症状は四日から一週間程度でなくなるわ。治療は下痢や嘔吐からくる脱水に注意して、対症療法でいきましょう。あ、この原虫は熱に弱いから、使う水は念のため煮沸してね」
「わかりました。それは僕たち治療班で対応します」
マルクがいち早く幕舎から飛び出していき、残された者で感染源の除去や町同士の和解の案について議論する。
「感染を食い止めるなら、井戸の撤去しかないわ」
町にとって大事な水源をなくすなんて簡単にはいかないだろうと思っていたのだが、シェイドはあっさり頷いた。
「危険な井戸は置いておけないからな、すぐに王宮の支援で井戸の再建をしよう」
「なら、今度作る井戸は牛舎とか、家畜の飼育場所から遠い場所にね。哺乳類の糞便から感染するから、できるだけ枠は高いものにして汚染物が入らないようにしたほうがいいわ」
「ああ、担当者に伝えておく。残る問題は井戸再建までの清潔な水の補給と、ふたつの町をどう和解させるかだな」
シェイドは顎に手をあてて難しい顔をした。
それもそのはず、今回はアイドナからリンゴを仕入れた時期と汚染された井戸が出来た時期、それから発症の時期が被ったことでサバルドの町民はアイドナの町が毒を撒いたと勘違いしている。戦にまで発展しているので、ふたつの町の溝を埋めるのは簡単にはいかないだろう。
「今回の疫病騒ぎ、サバルドの誤解だってわかったら、犯人扱いされたアイドナの町民は納得しないんじゃない?」
やれやれと言いたげに両手を広げたアスナさんは口調こそ軽いけれど、表情は深刻さを滲ませていた。
それに追い打ちをかけるようで申し訳ないけれど、サバルドの水の補給源は考えるまでもなく、ひとつしかないので私は直言する。
「サバルドの井戸再建までの水の補給は隣町で距離もさほどないアイドナしかないわよね。アイドナからしたら不本意かもしれないけど、毎回王宮から水を運ぶのは移動時間もかかりすぎてしまうし、非効率だわ」
馬車よりも早いからと今回は馬を飛ばして町境まで来たのだが、それでも三時間はかかった。町民全員に行き渡る水を運ぶとなると、大きな荷物が運べる幌馬車が必要になる。幌馬車は大きい分スピードも落ちるので、移動時間はさらに増えるだろう。
同じ懸念を抱いていたのか、シェイドも大きく首肯する
「若菜の言うとおりだ。アイドナとサバルドの町長に話し合いの場を設ける必要があるな。それも水の補給を急がねばならないからな、あまり時間的猶予はない」
シェイドの隣で自分の爪の調子を確認していたローズさんは荒れが気になるのだろう。どこから取り出したのか、小さなボトルを取り出して液体を手に塗る。
この世界の女性はハーブの成分で作った化粧水で保湿しているらしく、ローズさんは爪の表面にそれを擦り込みながら提案する。
「場所はこの町境がいいんじゃないかしら。ま、問題は村長をどうやってここまで引きずり出すか、だけど」
「それなら適任がいるでしょ」
顔をつきあ合わせて次々と出てくる難関の対策を練っていると、アージェがひょっこりと話し合いに参加してきた。
相変わらず神出鬼没で幕舎の入り口に立っている彼は皆の視線を集めても気にも留めず、私を見つめている。
適任者って、まさか……。
迷った末に、私は自分を指差した。
「え、私?」
「そうそう、どんな悪党も懐柔できる王宮看護師長。俺がいい例だし」
私を真似て自分を指さすアージェに、なぜか皆も腑に落ちた顔をする。その中でアスナさんも人差し指を立てながら、アージェの話に乗っかる。
「人柄もだけどさ、うちの若菜天使に助けられた町人はたくさんいるわけだし、話は聞いてもらえるって」
アスナさんがチャラいのはいつもなので、若菜天使に関しては聞かなかったことにした。
素知らぬふりを貫いていると、皆の意見を聞いて少し上機嫌そうにふっと笑みをこぼしたシェイドが私を見る。
「よし、ならこうしよう。町長の説得は俺が引き受ける。それで若菜、女性がいたほうが話し合いの空気も柔らかくなると思うんだが、ついてきてくれないか?」
「あなたが私を必要としているなら、いくらでも力を貸すわ。私になにができるのかはわからないけど、できる限りのことはする」
こうして私はシェイドと共に両方の町長たちを説得しに行ったのだが、サバルドの町長は啖呵を切ってしまった手前、今さらアイドナの町長に謝罪するのはプライドが許さないらしい。『井戸が今回の病気と関係するという証拠を出せ』の一点張りだった。
反対にサバルドの町長は『勘違いならなおさら、あっちが謝っても許さない』と、アスナさんの危惧していた通りに突っぱねられてしまう。
結局、どちらの町長も聞く耳持たずで説得は失敗に終わった。
ふたりでアイドナの町長の家を出ると、シェイドが思わずといった様子で愚痴をこぼす。
「今は自分たちの怒りや自尊心を優先してる場合じゃないんだがな。優先すべきは町民の生活だろう」
「そうね……ただ謝って許すだけなのに、それだけのことが人って簡単にできなかったりするのよね」
町の出口に向かって歩いていると、黒い煤をつけた建物が多く見受けられる。そのどれもが半壊し、草木は枯れて争いの跡が痛々しく残っているのに胸が痛んだ。
自分になにができるだろうと考えていると、どこからか「大変だ!」と叫び声が聞こえてくる。
「建物が崩れて、人がその下敷きになったらしい! 誰か手を貸してくれ!」
月光十字軍の皆さんが危険な建物をあえて壊して、崩れ落ちることがないようにしてくれているとはいえ、まだ撤去しきれていない建物もある。どうやら町民の誰かが、運悪くその下敷きになってしまったようだ。
私はシェイドと顔を見合わせて、声の聞こえた方へ駆け出す。そこには何人かの男性が建物の壁だったであろう瓦礫をどかそうと必死に持ち上げていた。その下には痛みに顔を歪めているご老人の姿がある。