異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「今日、レジスタンスの調査について話し合っている際に余談でロイ国王から相談されたんだ。最近、クイーンコンドルの数が増えているから駆除してほしいとな。肉食で人を襲い、近隣の民からも被害報告があがっている」

「肉食の鳥……滅多に入手できない理由はそれだったのね。捕獲なんてできるの?」

「あなたが寝る間も惜しんであの兄弟を救おうとしているんだ。俺も一肌脱ぐ。だから安心して俺に任せてくれればいい」

「なら、私もついていくわ。あなた、見張ってないと無茶しそうで心配だもの」

「だが……」

 シェイドは私の同行に乗り気ではないらしく、渋い顔をしている。
 それがわかっても引くような私ではないので、椅子から立ち上がってシェイドの真正面
に立った。

「私はあなたと、どこまでも共に行くと決めてるの。だから、シェイドに拒否権はないわ」

 あなたは覚えていないでしょうけど……。
 エヴィテオールの月夜の教会で想いを伝えた日から、戦場であろうと愛する人の行く道を一緒に歩くと決めたのだ。
 シェイドは面食らった顔をしていたが、手を伸ばして私の頬に触れる。

「あなたは、どうしてそこまでしてくれるんだろうか。その理由がわからないのに、感覚としては納得している自分もいて……戸惑う」

「それは……教えてあげない。あなたが自分で思い出すまではね。ともかく、クイーンコンドルの捕獲には私もついて……ふわあ」

 そこまで言って、急に眠気に襲われた私は口に手をあててあくびをする。
 それを見たシェイドはふっと笑って、私の背に手を添えるとベッドに誘った。軽く肩を押されて腰かければ、隣にシェイドも座る。
 
「今日はちゃんと休んでくれ」

「でも……」

「でも、はなしだ。ほっておくと、あなたは朝まで仕事をしていそうだからな。眠るのを見届けるまでは、そばを離れない」

 私の肩を抱いたシェイドは髪を梳いてくる。その手つきが気持ちよくて、あっという間に瞼は閉じていき、くっついた。
 真っ暗な視界の中でシェイドの肩に頭を預けながら微睡んでいると、吐息が前髪をくすぐる。なんだろうと目を開けようとしたとき、唇に柔らかいものが触れた。

「この腕の中であなたが眠っていると安心するな。あなたがレジスタンスに拘束されたと聞いて、俺が援軍に行かせたことをどれだけ後悔したか、あなたは知らないだろう」

 シェイドは私が眠っていると勘違いしているが、ちゃんと耳に届いている。彼がどんな気持ちで助けに来てくれたのかがわかって、私の胸は熱くなった。

「記憶がなくても、あなたに向かう感情が特別なものだということくらいわかる。もう、俺の目が届かない場所で辛い目に遭わせたくはない」

 膝の上に置いていた手が指先を絡めるように固く握られる。

「だから、片時も離れずにいよう――若菜」

 目を開けて、ありがとうと言いたいのに意識は沈んでいく。私は溢れる恋情を胸に抱きながら、彼の温もりに身を委ねて眠りについたのだった。




 翌日、私はシェイドとアスナさん、アージェやダガロフさんと共にクイーンコンドルの巣があるという山を上っていた。

「村の被害は酷いものでしたね」

 険しい表情のダガロフさんが話しているのは山を登る前、被害状況を確認するために寄った麓の村のことだ。
 村人はクイーンコンドルを恐れて家から出てこれず、警戒するように窓のカーテンの隙間からこちらの様子を窺っていた。
 クイーンコンドルは夜目が利かない。なので、村人たちは完全に日が暮れてからでないと外へ出られないらしい。
 早く、村人たちが平穏に生活できるといいのだけれど……。
 尋常ではない怯えようを不憫に思っていると、隣にシェイドがやってくる。
 
「若菜、山道はきつくはないか」

「慣れてるもの、平気よ」
 
 王宮看護師は兵の遠征には必ずついていく。私も治療班として兵たちと一緒に山道を進むことは多々あったので、随分と足腰も鍛えられた。 

「あなたは逞しいな。俺の中の女性の概念が若菜と出会って、まるっきり変わった」

「ふふっ、もっとか弱くて守られる存在だと思った?」

「ああ、でも……逆に守られていると、そう感じる女性がこうも魅力的だとは知らなかった。あなたは俺の特別だ」

 〝特別〟の言葉に心臓が高鳴り、私は服の上から胸を押さえた。
 本当に記憶、ないのよね?
 疑いたくなるほど、彼は私に好意を寄せているような物言いをする。そういえば昨日も寝落ちする前に『片時も離れずにいよう』なんて、そんな言葉をかけられた気がする。
 悶々と考え込んでいると、地面を大きな影が追い越していった。不審に思って顔を上げようとしたとき、アスナさんが声をあげた。

「うっわ、でかっ、怖っ」

 騒いでいるアスナさんの隣で、アージェが「そうだ」と閃いた顔をする。

「あれ、飼いならしたらすごい戦力じゃない? 王子、ここは優秀な猛獣使いでも雇って軍に導入するっていうのはどうかなあ」

 アージェの口ぶりはあきらかに軽いので冗談だろうことは明白だったのだが、提案を聞いたダガロフさんは目を輝かせる。

「ならば乗馬と同じくクイーンコンドルに乗って、武器を振るう機会もあるということか! ああ、訓練の内容を新たに考え直さねば」

 男の人って、いくつになっても無邪気なところがあるわよね。
 ダガロフさんはドラゴンとかロボットとか、そういうカッコイイものに憧れる子供のようで、皆は言葉をかけ損ねている。
 皆が呆然としている間にも、ダガロフさんは夢のクイーンコンドル軍実現に向けて構想を練っている。
 アスナさんは憐みの眼差しをダガロフさんに向けつつ、肘でアージェを突いた。

「アージェ、団長はいい大人だけど誰よりも純粋なんだよ。傷が浅いうちに真実を知らせておやり」

「うわ、どうしよう。生まれてこのかた、罪悪感とは無関係だと思って生きてきたけど……初めて胸が痛んだよ、俺」

 空笑いをしたアージェはダガロフさんの肩を躊躇いがちに叩くと、言いにくそうに切りだす。

「その、ごめん。冗談だよ、団長さん。ほら、飼いならす前に僕たちがクイーンコンドルの餌になっちゃうと思うんだよね。そうしたら、王宮騎士団全滅だよ」

「……そ、そう……か。そうだよな、わかっていた。クイーンコンドル軍なんて、空飛ぶ騎士団を作る……なんて、そんなのはただの……ただのお遊び程度の妄想だ」

 ――本気だったんだ……。
 語尾が萎んで眉尻も下がっているダガロフさんは明らかに落胆している。心苦しいのか、アージェが助けを求めるように私を見た。
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