異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「……ダガロフさん、ダガロフさんは空を飛べなくても、カッコイイ動物に乗ってなくても十分強いです。今のまま、変わらずにいてください」

「若菜さん……ありがたき幸せっ」

 ダガロフさんは目に溜めた涙もそのままに胸に手をあてると、清々しい顔で先陣を切るように前に出る。

「それではクイーンコンドル狩りに参りましょう。このダガロフ、必ずや主に満足のいく結果をもたらしてみせます!」

 そんなダガロフさんに、アージェは小声で「うわー、単純だね」と呆れていたが、私とシェイドの意見は違った。

「素直なところが可愛いじゃないか」

「素直なところがダガロフさんのいいところよ」

 私とシェイドの声が重なり、アスナさんは「ダガロフさんの主バカは、主であるふたりに問題があるね」とぼやいていた。

 こんな調子で緊張感の欠片もなく頂上にやってくると、大きな巣に人骨の山があった。楽しい雰囲気が一変して私が絶句していると、さっそく侵入者に気づいたクイーンコンドルが甲高い声をあげて、前長三メートルある翼を広げる。

 そのはためきだけで突風が起こり、後ろに吹き飛ばされそうになったとき――。

「若菜!」

 シェイドが私を後ろから抱きしめて、サーベルを地面に突き刺す。アスナさんやダガロフさんも武器を地面に突き立て、飛ばされないようにしていた。

 アージェはというとちゃっかりダガロフさんの腰にしがみついており、全員立っているのもやっとだ。

「物凄い威力だな。アージェ、暗器を投げろ!」

 ゴウゴウとうるさい風の中でシェイドは私を抱えたまま叫ぶが、アージェは「無理むり」と顔の前で手を横に振った。

「風がすごくて、クイーンコンドルまで届かないって!」

「大丈夫だ、隙は作る。ダガロフ!」

 主の意を汲んだダガロフさんは重い一歩を踏み出すと大きな槍を大きく振りかぶり、クイーンコンドル目がけて投げた。

 槍は見事に標的に突き刺さり、続けざまにアージェがクイーンコンドルの目を狙って暗器を投げる。視界を奪われたクイーンコンドルの大きな身体が地面に落ちると、地面が激しく揺れて私はさらに強くシェイドに抱き寄せられた。

 やがて揺れがおさまり、シェイドは「ここを動かないでくれ」と私に耳打ちをしてアスナさんと一緒に駆け出す。

 ふたりは視界を奪われてもなお、武器を手放して丸腰になったダガロフさんに襲いかかろうとするクイーンコンドルに見事な連携でとどめを刺した。

 そうして他にも寄ってきたクイーンコンドルを次々に狩っていき、落ち着いた頃に私は皆に歩み寄る。

「け、怪我はなさそうね」

 狩られたクイーンコンドルはかわいそうだけれど、皆が掠り傷ひとつなくて安堵する。
 服の砂埃を叩きながら、歩み寄ってきたシェイドは私に羽を取り除いたクイーンコンドルの翼の骨を差し出した。

「使えるといいんだが」

「ありがとう」

 クイーンコンドルの骨を受け取って管として活用できそうか確認すると中の空洞や細さも規定内、柔らかさも体内を傷つけない素材で丁度よかった。

「これ、使えそうだわ! 先端が少し鋭いけど、やすりで丸くすれば問題なさそうね。これでオッターヴォの命を少しでも繋ぎとめてあげられる。本当にありがとう」

 希望が見えたことが嬉しくて笑顔でお礼を言えば、皆はどこか恥ずかしそうに顔を見合わせていた。 




 持てるだけの骨を持ち帰ってミグナフタ城に帰ってきた私は政務のあるシェイドたちと別れて、さっそく骨の先端をやすりで削って丸くした。

 嬉しいことにクイーンコンドルの骨は羽根が体幹から離れるごとに細くなっており、いろんなサイズの管を作ることができたのだ。
 それからすぐにミグナフタ城のキッチンを借りて、私は流動食作りにとりかかる。

「若菜さん、それなに?」

 器に入っているとろみのついた白い液体を見て、アージェが眉根を寄せる。

「それは重湯といって、お粥の上澄み液なの。これに卵黄や牛乳、バターや生クリーム、チーズを入れてエネルギーとたんぱく質を摂取してもらうのよ。野菜を使う場合は皮や粒が残っていると管が詰まる原因になるから、網でこすの」

 そう説明すると、流動食の作り方を知りたいとついてきたシルヴィ先生も興味深そうに私の手元を覗き込んだ。

「そのレシピ、つーか手順もメモでくれ。教本にして、うちの看護師たちにも指導したい」

「ええ、あとでまとめておくわね」

 私はそのあともシルヴィ先生とアージェの質問に答えながら、今日の夕食分になるオッターヴォの流動食を作った。
 そして、部屋に向かうとノーノがオッターヴォの上半身を枕で支えながら起こして、口腔ケアを行っていた。

「ノーノ、オッターヴォの食事を持ってきたわ」

「え、ご飯なんて食べられるの?」

「ええ、管からだけどね」

 私はベッドサイドに立ち、オッターヴォの頭を前屈させる。それから桶の水で手を洗うと管の先端を彼の鼻孔に沿わせ、そこから耳介までの長さを測る。また、今度は耳介から
心窩部までの長さを管で測って、羽根ペンで印をつけた。

「大体、五十センチね。これは胃までの長さだから、さらに十センチ足した長さを挿入すれば胃の中に入るわ」

 本来なら管を入りやすくするために潤滑剤を使うのだが、この世界にはないので植物油を管の先端から四、五センチあたりまで塗った。

「管は後頭部に向けて水平に十から十五センチ、この辺で咽頭部から食道入口を通過するわ。一応、口を開けて管がとぐろを巻いてないか確認してね。食道入口を超えるとあとはすんなり入るから、測定した五十センチに十センチ足して六十センチまで入れる」

 私は管が抜けないように手で押さえながら、「シルヴィ先生、包帯をください」と声をかけた。日本なら管を鼻に固定するのにテープを使う。だが、この世界にはないのであらかじめ半分に割いていた包帯を使い、管が抜けないように固定した。
 
「間違って気管に入ることもあるけど、そのときは管が呼気に合わせて曇るからすぐに抜去してね。そのまま流動食を流し込むと、誤嚥してしまうから」

 私はガラスで出来た注射器をチューブに設置する。
 昨日、私が眠りについたあとに設計図を見たシェイドが注射器を作れるミグナフタの職人を夜通しで探してくれていたらしい。クイーンコンドル討伐後、城に職人から届けられた出来たてほやほやの注射器だ。
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