異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
「おい、自分の婚約者を同盟国とはいえ他国に置いていく気か」
「……婚約者?」
普段、予想外の事態が起こっても余裕の表情を崩さないシェイドが笑みを浮かべたまま固まって、わかりずらいが衝撃を受けている。
それに今度はエドモンド軍事司令官が瞠目して私を見た。
「おい、話してねえのか」
「あ……ええと、今のは空耳よ。ね、エドモンド軍事司令官?」
お願いだから話を合わせて、とエドモンド軍事司令官に念を送るが、あっけなく見放される。
「シェイドに思い出してほしいんなら、全部話せ。きっかけは多いほうがいい。いいか、シェイド。お前が思い出さないんなら、俺がもらうからな」
それだけ言って部屋から去っていくエドモンド軍事司令官に、部屋には居心地の悪い緊張感が張り詰める。
「若菜、知ってることを話してほしい。俺には……知らなければならないことがあるんじゃないのか?」
「シェイド……とりあえず、部屋を出ましょう」
内容が内容だけに、シェイドの手を引いて一旦この場を離れると私の部屋に連れていく。
しっかり部屋の鍵を閉めたのを確認すると、改めて彼に向き直った。
「エドモンド軍事司令官が言ったことは本当よ」
そう言って、私はお互いの出会いから今に至るまでを全て話した。
「無理に思い出す必要はないし、律儀に忘れた想いを突き通す必要もない。私はあなたの負担だけにはなりたくないの」
話を聞き終えたシェイドは深いため息をついて俯く。しばらくそうして長考している様子だったが、やがてまとまったのか顔を上げた。
「俺は……あなたを前にすると胸が締めつけられる。その理由がわかって安堵しているのに負担になんてなるはずがない。たとえ記憶がなくても、俺は――」
言いかけたシェイドは一歩、私に近づいた。条件反射で後ずさると背中が扉にあたり、逃げ場を失う。彼はその扉に手をついて、私に覆い被さるように距離を詰めてきた。
「あなたと結婚したい」
「……え?」
「どうやら、愛は頭にではなく心に刻まれるものらしい。あなたへの想いは記憶が失くなろうとも、こうして消えることなく俺の中に残っていたからな」
ああ、この人の心の中に私がいる。それがわかっただけで、こんなにも喜びが全身を駆け抜けていく。きっと私が記憶を失くしたとしても、彼への想いは脳の代わりに心が覚えているのだろうと思った。
「それとも……思い出を失くした俺にはもう、あなたを愛する資格はないのだろうか」
不安げに尋ねられて、私は慌てて首を横に振る。
「そんな……そんなわけないじゃない! どんなあなたも私が愛したあなただわ。これまで築いたふたりの時間を失っても、あなたが私を愛してくれた。それだけで十分よ、ありがとう……」
シェイドの腰に腕を回して、その胸に顔を埋める。
また、こうして甘えることを許されただけで私は恵まれている。もしかしたら、彼の中に私への愛すら残っていなかった可能性もあったのだ。
そう思うと、酷く恐ろしくなる。
「きっと、あなたにとっては二度目になるのだろうが、俺と生きてくれ。妻として妃として、永遠に共に歩んでほしい」
「……何度でも、あなたの気持ちを聞きたいわ。答えはもちろん、イエスよ」
あの日、月夜の教会で交わした約束を再現するように私は同じ答えを返す。そうすれば、シェイドは嬉しそうに目を細めて、熱い抱擁をくれたのだった。
お互いの想いを確認した日から、三日後。
シェイドはアスナさんを連れて一足先にエヴィテオールに帰り、私はいつも通りノーノとオッターヴォの元へ向かっていた。
厨房で作ったオッターヴォの朝食を手に監視の兵に頭を下げて、部屋に入る。
すると、真っ先に視界に入ったのはそよ風と共に揺らめく白いカーテンだった。
どうして、風が……?
閉め切られていたはずの窓に取り付けられた格子が見事に壊されている。私は放心状態で歩を進め、もぬけの殻になったベッドを呆然と見つめた。
「どう、なってるの……オッターヴォは?」
私の呟きが外の見張りの兵にも聞こえたのだろう。「どうなされました!?」と飛び込んできた兵は消えたノーノたちに顔を真っ青にする。
「急ぎ、エドモンド軍事司令官にお知らせしろ!」
その場から駆け出す兵たちにも目もくれず、私はベッドに歩み寄る。食事が載ったトレイをナイトテーブルの上に置いたとき、ベッドの上に置き手紙があるのに気づいた。
それを手に取ってベッドに腰かけると、さっそく文字に視線を走らせる。
【若菜へ
僕たちを助けてくれてありがとう。
だけど、やっぱりプリーモのことを裏切れない。
それに、権力者がのさばる世界を受け入れられないんだ。
この気持ちが消えない限り、ここにはいられない。
でも、若菜のことは信じてみてもいいかもね。】
宛先人は記されてなかったけれど、ノーノが書いたものだとすぐにわかった。
「そう、オッターヴォは目が覚めたのね」
直接そう書かれていたわけではないが、ふたりでこの場から消えたのならノーノの願いは叶ったのだろう。
「ふたりが逃げた事実よりも、オッターヴォが目覚めてくれて嬉しかったと言ったら……。私は責められてしまうんでしょうね」
そうは思いながらも晴れやかな気持ちで、私は手紙を胸に抱きしめる。
あと、私がすべき役目は……。
もうひとつ彼らの看病の他に救うよりも看取るよりも難しい大仕事が残っていたため、私は立ち上がった。
ノーノたちの部屋を出た私は、その足で牢の中で看取ったミグナフタ兵の遺族の元へ向かった。
エドモンド軍事司令官が『指揮官である自分がこの国のために戦った兵の遺族に挨拶をするのは当然だ』と同行を申し出てくれたので、いつも護衛に付き合わせているアージェやダガロフさんには休暇をとってもらっている。
最初に訪れたのは最愛の妻と娘に遺言を残した兵士の家で、奥さんが四歳くらいの娘さんを抱きしめながら門の前に立っている。
彼女たちの悲しみを物語るやつれた顔を目の当たりにして、遺言を伝えるのはとても重い役目だった。それでも、私は託された想いを口にする。