異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
「しわしわの白髪のおじいさんになっても、ふたりと生きて幸せな最期を迎えるんだって夢見てた。それが叶わないと思うと苦しいけど、おふたりと生きた時間は俺の人生の中でいちばん意味ある宝物だった。ありがとう……と、そう伝えてくださいと頼まれました」
一言一句違わないように私はあのときの兵の表情、声音、手の感触を思い出しながら告げる。
娘さんの成長を見届けられない、家族を守れないという心残りが遺言から読み取れて、胸が引き裂かれそうになる。それでも気丈に振る舞って伝えると、奥さんは泣き崩れた。
一方、父の死を理解できていない娘さんは戸惑うようにお母さんの顔を覗き込んで、「ママ、どこか痛いのかな?」と私を見上げてきた。
父の死を語れるのは母親である奥さんだけなので、私は娘さんの前に腰を下ろすとその頭を撫でる。
「いつか、お母さんの涙の意味を知ったら、あなたが『よく頑張ったね』って、こうやってたくさん頭を撫でてあげて」
「うん……わかった」
こくりと頷く娘さんに笑顔を向けたとき、エドモンド軍事司令官が一歩前に出て深々と頭を下げる。
「彼は家族のいるこの国を守るため、殉職した。その死は俺にも真似できないほど雄々しく価値のあるものだったとそう思う。彼の代わりに俺も、あなた方が生きるこの地を守ると誓わせてもらいたい」
「エドモンド様……なんとありがたいお言葉を……。夫も憧れのエドモンド様にそんなふうに言われて、喜んでいるに違いありません」
祈るようにエドモンド軍事司令官に向かって、奥さんは両手を合わせた。
それからこの場を立ち去ろうとしたとき、「看護師さん」と背中に声がかかる。足を止めて振り返ると、奥さんは泣き笑いを浮かべていた。
「……っ、ありがとう。あの人の想いを届けてくれて……っ」
「あ……そんな、私はなにも……助けられなくて、ごめんなさいっ」
我慢していたはずの涙が瞳を濡らして、視界がぼやける。眉を寄せて顔に力を入れると、せりあげる嗚咽を閉じ込めるために唇を噛んだ。
そんな私の顔を見た奥さんは、どこか嬉しそうに微笑む。
「ありがとう……本当に」
その言葉がやけに耳について、私は震える心を整理する間もなく次の兵の遺族の元へと向かい、同じように遺言を伝えて回った。
そして、最後にやってきたのは両想いの幼馴染がいると言った兵の家だった。もともと農家なのか、広大な畑の中に立っている。
家の扉をノックしようとすると、荷車の陰から野菜の入った木箱を抱えた二十代くらいの女性が現れる。
「あの……この家になにか御用ですか?」
女性は服も頬も土で汚れており、話を聞くとあの兵が言っていた両想いの幼馴染だとわかった。なんでも彼が兵士になってから、幼馴染のよしみで彼の家の畑を手伝ってあげていたのだとか。
「彼の遺言を預かってきました」
そう告げれば女の子の表情が強張る。まだ癒えていない心の傷に耐えるように、胸の辺りの服をぎゅっと握った彼女は静かに私を見据える。
それが聞く覚悟を決めた合図だと悟った私は、本当なら直接したかったであろう彼の告白を代行する。
「きみの笑顔が瞼の裏に何度も蘇るくらい眩しくて、好きだった。おいしそうにご飯を食べて太ったって騒ぐところも好きで、好きだったんだ……と言って、最後は安らかな笑顔で亡くなりました」
「そうです、か……」
「あなたに想いを伝えていいのか迷っていたけれど、勝手ながら私は伝えるべきだと助言しました。あなたにも、彼にも……後悔してほしくなかったから」
私が彼女の立場なら、シェイドが……好きな人が最期になにを思ったのか、その心を知りたいと思う。それが彼を忘れられなくなる枷になるのだとしても、命が潰えるその瞬間に抱いたものが自分に向けられたものならなおさら受け止めたい。
それは彼女も同じ気持だったのか、数多の感情を押し込めた笑みを浮かべる。
「ええ、聞けてよかった。ありがとうございます」
早口でそう言った彼女に違和感を感じた。それがなんでなのか考えていると、すぐに悲しいのに絶え間なく笑顔だからだと気づく。その理由はきっと――。
「悲しいと思うことが彼の死を認めるようで、怖いのね」
「どうして……」
「私の大切な人も危険と常に隣り合わせの人だからよ。覚悟はしていても、突然いなくなったら現実を認められるかわからない。この目で見たわけじゃないから、なおさら信じたくないって思うのかなって」
死の瞬間に立ち会っていないから、会えないだけでどこか同じ空の下で生きているんじゃないか。そう考えてしまうのは喪失感に耐えられないからだ。
彼女は図星だったのか、ぽつりと本音をこぼしていく。
「……今でも、彼がいなくなったことが信じられないの。ふらっと、砦の仕事が終わったって、帰ってくるような気が、して……っ」
声を震わせる彼女の背中をさすると、堰を切ったように泣きだした。
「でも、受け入れなきゃ……っ、前に進めないから……」
「……無理に、前を向く必要なんてないわ。あなたはたくさん彼のために泣いて、自分の中の悲しみが干からびたら、そこからもう一度歩き出せばいい。急がなくていいの」
「ううっ、う……じゃあ、もう少しだけ……あの人のために悲しんであげようかな」
今度の笑みは強がりが剥がれて、本心から出たものだとわかった。
私たちは彼女に遺言を伝えたあと、ご両親にも挨拶をして城へ戻るために辻馬車に乗りむ。静まり返った夕日が差し込む馬車の中で、ふいに向かいの席に座っていたエドモンド軍事司令官が窓の外を眺めながら呟く。
「最後まで、辛い役目を背負わせたな」
労りが込められたその切ない響きに、私は首を横に振った。
「それはエドモンド軍事司令官も同じでは? 仲間の遺族に会うのは、私以上にお辛かったはず。だから背負わせたなんて言わないでください。私たちは死に向き合う悲しみを半分こにしたんです。それでいいじゃありませんか」
「お前のそのひと言で人の抱えてるもんをあっという間に軽くしちまうんだから、大した女だよ。気が楽になった。このまま酒でも飲みに行くか?」
指先でくいっとお猪口を傾ける仕草をしたエドモンド軍事司令官に、私は肩をすくめつつ頷く。