異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「それで、その花束はどうした?」

「あ……もらったの」

 とっさに〝誰に〟贈られたものなのかは伏せた。
 逆に尋ねられたらどうしようか。
 心臓が鬱陶しいくらいに跳ねて、私が後ろめたさからシェイドを見れないでいると背後から唐突に声がかかる。

「紫のプリムラ……花言葉は『信頼』ね。ついでに言えば、プリムラ全体の花言葉は『青春の恋』よ。さては男から貰ったわね」

「――ローズさん! それにアスナさんまで、どうしたんです?」

 驚いて振り返った先にいたのは私の帰還より前に、アストリアから王宮に戻ったローズさんと少し顔が赤いアスナさんだった。
 やや目が据わっているアスナさんは千鳥足で左右にステップを踏みながら人差し指を立てる。

「団長と飲んでたら絡み酒が酷くてさー、部屋に置いてきたんだ。それで、ローズと若菜ちゃんでも誘って飲み直そうって話してたんだよ」

 騎士の皆さんや月光十字軍の飲み会に誘われることは多々あるのだが、中でもダガロフさんは泣き上戸で一度絡まれると抱き着いて離れない。

 ミグナフタでシルヴィ先生の部屋で開かれたいわゆる宅飲みでは、事情を知らないアージェが大の男であるダガロフさんにしがみつかれて窒息しかけていた。

 そのときの記憶が脳内を巡っているのか、げんなりしているアージェの隣でシェイドの表情が曇る。

「人の妻を誘うな。それから若菜、その花束は男から貰ったのか」

「そうだけど……大丈夫よ。弟みたいな人だから」

 プリムラの花を見つめれば、クワルトの顔が頭に浮かぶ。
 シェイド、あなたの弟は姿かたちが違えど生きてる。それを教えてあげたいけれど、クワルトは話したくなさそうだった。

 そういえば、どうして話したくないんだろう?
 そんな疑問が浮かんで、次に会えたときに聞いてみよう。クワルトとして生きる彼の心を知るためにも、と花束を抱きしめるのだった。




 翌日、私は月光十字軍の騎士の皆さんや護衛役のアージェ、王宮医師のマルクと共にシェイドの執務室にいた。

 昨夜、クワルトと会ったあとにシェイドとお義母様の元を訪ねたのだが、そのときに扉越しではあるが記憶を失っても結婚はするという報告をした。

 すると、お義母様は婚約祝いにパーティーをしようと提案してくれたので、一週間後に開催が決まったのだ。

 計画はお義母様が主体で立てたいとおっしゃられ、その生き生きとした声音に私もシェイドも喜びを隠せずハイタッチをしたくらいだ。

 なにより、部屋の外に出るきっかけが私たちの婚約記念パーティーなのが嬉しかった。

 ただ、以前にレジスタンスがエヴィテオールの町に疫病の種を撒いた事件もあり、婚約記念パーティーは国内の重臣や貴族を招く小規模なものに留められる。

 とはいえ大勢の人が集まる以上、とりわけ警戒する必要があるので婚約記念のパーティー開催の報告と当日の警備について皆で話し合うことになったのだが、シェイドは困苦の表情をしている。

「本来なら警備に適した会場を選ぶべきなんだろうが……」

「お義母様の希望通りにしてあげたいわよね。だって、初めてなのよ。お義母様がなにかをしたいって言ったの。成功したら、きっと前より気持ちも明るくなると思うの」

 シェイドがなにに悩んでいるのかは、私にも見当がついた。
 なので先回りするように意見を述べると皆もお義母様の意思を尊重しつつ、人員を増やして対応しようと賛同してくれた。

 話がひと段落したところで、ローズさんが「それで?」と謎な問いと併せて意味深な視線を私とシェイドに向ける。

「あなたたちの準備は大丈夫なの?」

 私もシェイドも準備?と顔を見合わせた。
 それから考えを巡らせていると、先になんのことか思い当たったらしいシェイドが納得したふうに「ああ」と答える。

「皆の恐怖心を煽らないように兵が使用人に化けて、来賓を警護する件についてだな? 人員ははすでに目星をつけている。今から作法を身に着けてもらうことになるから、王宮の使用人に助力を乞おう」

 シェイドの言葉で、ローズさんの懸念の理由に気づいた。

 私はパーティーの主役になってしまうため、王宮看護師長として救護人員としては参加できないけれど、マルクと一緒に救護体制について施策を練るつもりだ。

 それをパーティーの準備と同時進行でできるのか、不安に思っているのかもしれない。

「安心して、ローズさん。なにかあったらのために看護師の配置から想定できる負傷者の数まで、頭の中で何度も想定してる。あとはお義母様の計画の詳細がわかってから、マルクと具体策を詰めるわ」

 ひとりで考えるわけではないので問題ないと、私はマルクを見る。

「ね? マルク」

 そう同意を求めたのだが、彼は「えーと……」と言葉を濁して、ローズさんに視線で助けを求めていた。

「呆れた……そういうことじゃないわよ。あたしが心配してるのは若菜のドレスよ。王子の正装だって選ばなきゃでしょう?」

「そうだよ。そういう細々とした準備は俺たちに任せて、今はアイリーン様のためにも婚約記念パーティーに集中しなよ。な、マルク」

 アスナさんに肩を組まれたマルクは食い気味に「はい!」と返事をして、自分の胸を軽く叩いてみせる。

「救護体制に関しては僕に任せてください! 若菜さんは働きすぎです。いつも自分のことは後回しなんですから」

「そうですよ。主たちのことも、参加者も俺たちが守ります」

 頼もしいダガロフさんの言葉に、アージェも「暑苦しいのは苦手なんだけどな」とぼやきつつ便乗する。

「怪しい人物がいたら、気配に敏感な俺が真っ先に気づくって。だから、もうちょっと俺たちに寄りかかれば?」

「そこの橙坊主の言う通りよ」

 アージェが『橙坊主……まさか俺のこと?』と困惑顔のマルクに尋ねている横で、ローズさんが信じられないことを言い放つ。

「というわけで、仕立て屋呼んどいたから、シェイドの部屋に行ってらっしゃい」

 用意周到なローズさんに押し切られるように、私とシェイドは執務室を追い出された。
 皆に説得されたものの後ろ髪を引かれながら、私たちはシェイドの部屋にやってくる。

 煌びやかな小ぶりのシャンデリアに黄金の壁紙や絨毯、花の浮彫が施された白亜の暖炉と、そのすぐ上に飾られた家族の肖像画。前にもシェイドに頼んで見せてもらったのだが、そこにはオルカさんの姿が描かれている。

 戸口でそれをじっと見上げていると、シェイドに手を引かれた。ベッドに並べられたドレスの前に立つと、任せてと言われたものの婚約記念パーティーへの不安が頭にちらつく。
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