異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「若菜さん、血の繋がりがなくとも心の繋がりがあれば他人ではないの。シェイドが私の息子であるように、あなたも娘だわ。どちらもかけがえのない愛しい私の子」

「ああ、どうしよう……」

 胸を突き上げてくる熱い気持ちに目の縁から涙が染み出る。

「ここに来て、家族ができるなんて……思ってもみなかったんです。シェイドとお義母様とずっと一緒に、今度こそ離れることなく一緒に……いたい、です」

 泣きながら何度も首を縦に振って伝えれば、お義母様が再び私の首に腕を回した。そんな私とお義母様を守るように、今度はシェイドが抱きしめる。

「若菜、親孝行なら俺としていこう」

「そうよ、若菜さん。親孝行なら、ふたりで築く国をきっと幸せにして? 私にはできなかったことだから……見てみたいの。笑顔に溢れるエヴィテオールを」

 この地で未来を語れる幸せに目を閉じると、その拍子に涙がこぼれる。すると、濡れた右の頬をシェイドが、左の頬をお義母様が拭ってくれた。

「さ、たくさん泣いたあとは食事をしましょう?」

「母上、まずはシャンパンを」

 シェイドは使用人を呼び止めた。
 立食が始まって一時間が経とうとしているので、あらかじめ決められていたプログラムの流れからするにそろそろダンスが始まる頃だろう。私は「飲み物だけで大丈夫ですよ」と言ったのだが、お義母様は首を横に振る。

「でも、誰かが用意してくれたご飯を食べるとお腹が膨れて自然と悲しみも薄れるものよ。私はその感覚をずっと忘れていたけど、ご飯が喉を通らない日に若菜さんの淹れてくれた紅茶を飲むと心が満腹になったの」

 お義母様は「だから、貰ってくるわね」と付け加えて、料理が並べられた飾り棚の方へ歩いていく。それにすかさず、ダガロフさんが付き添ったのが見えた。

「お義母様、予想より人前でも元気そうでよかったわ」

 ほっとした私はシェイドが呼び止めた使用人から、シャンパンを受け取る。さっそくグラスに口をつけようとしたとき、シェイドに取りあげられてしまった。
 何事かと彼を見上げると、鋭い視線を使用人に注いでいる。

「見ない顔だな、お前は誰だ」

「ああ、俺か」

 歳は三十代半ばくらいで長い黒髪をうなじの辺りでひとつに縛っている彼は頬に大きな火傷の痕を負っている。

 待って、この顔には見覚えがある……!
 顔をちゃんと見ていなかったので気づかなかったが、彼は常にプリーモのそばに控えていた太刀使いのレジスタンス幹部だ。

「あなたは、サイ……!」

 私が叫ぶと、料理が並べられた飾り棚のほうで悲鳴があがった。慌てて振り返れば、お義母様がダガロフさんにもたれかかるようにして意識を失っている。

「――いけない、食事や飲み物に手を出すな!」

 シェイドの雄叫びに何人かは食事に手をつけず助かったが、大勢の来賓たちが次々と嘔吐をして苦しみながらその場に倒れていった。

「ごめんっ、間に合わなかったか……」

 燕尾服に身を包み、使用人に扮していたアスナさんが広間に駈け込んでくると、すかさず双剣を構える。

「使用人の数がひとり少なかったから探してたんだけど、待機室で服を剥ぎ取られて倒れてた。幸い息があったから事情を聞いたら、数人のローブの男に襲われたって」

「つまり、レジスタンスの連中は使用人になりすまして会場の中にいるってことね」

 同じく使用人の制服を着たローズさんはアスナさんと背を合わせて、レイピアを構えた。
 そして、お義母様とダガロフさんの前には使用人に扮していたアージェが立ち、暗器を手に周囲を警戒する。

「裏の裏をまんまとかかれたってわけだ」

 念には念を入れた警護体制をとってはいたのだが、ここは窓が多く姿を隠しやすい森の中にあるため、侵入しやすい立地と建物だ。お義母様の意向を叶えたい気持ちを優先するあまり、警備の穴ができてしまったらしい。

「手当は僕たちに任せてください!」

 そこへ救護班として待機していたマルクが看護師を引き連れて、処置鞄を手に会場で倒れている来賓たちに駆け寄った。 
 お義母様のところへ処置鞄を運んだオギが私に向かって手を挙げる。

「若菜さん、アイリーン様の手当てをお願いします!」

「わかったわ。今、行く!」

 すぐにお義母様のところへ走ろうとしたのだが、目の前にサイが立ち塞がる。
 どう切り抜けようかと考えていたとき、どこからか「サイ」と声が飛んできた。その直後、鞘に入った太刀が私の頭上を掠ってサイの手に収まる。

「プリーモ、始めていいか?」

 サイは太刀の鞘に手をかけて、私の後ろへ視線を投げる。それを追うように振り向けば、柿色の髪に赤い瞳。左頬に大きな火傷の跡があるプリーモが剣先をこちらに向けていた。

「――始めるぞ」

 プリーモの一斉に空気が張り詰める。広間にいたエヴィテオール兵が一斉に剣を抜くと、プリーモのそばにはノーノやオッターヴォが立つ。

 あれ……?
 そこにクワルトがいないのを不思議に思っていると、サイが鞘から太刀を抜き放ち、私に向かって斬りかかってくる。

 ――斬られる……!
 とっさのことで反応できずにいた私の前にすかさずシェイドが入り込み、サーベルで太刀を受け止めた。

 だが、シェイドがサイと剣で押し合っている隙に、私の背後にプリーモが立った。顔を上げれば、大剣がいままさに振り下ろされようとしている。
 
「ぐっ、そうはさせない……っ」

 痛みを覚悟して強く目を閉じると、耳元で声が聞こえた。抱きしめられる感覚にもう一度、瞼を持ち上げた瞬間――。赤い飛沫が飛び散り、頬にべっとりと生温かいなにかが付着する。

「……え?」

 瞬きも忘れて、私は目の前で揺れる濃紺の髪を見つめる。彼はそっと身体を離し、私の顔を確認すると微笑んだ。

「無事……だな」

 私を庇ったシェイドの左肩には深々と大剣が食い込んでおり、胸の底で恐怖が蠕動する。
 
「あなた、なんて無茶を……っ」

 その問いに答える間も与えないとばかりに、プリーモはシェイドの肩から大剣を引き抜いた。激痛のあまり「ぐああっ」とシェイドが叫ぶ。

 続けざまに剣を繰り出そうとしたプリーモを視界で捉えたシェイドは痛みを堪えるように唇を噛んで、勢いよく立ち上がる。振り向きざまにプリーモの腹部をサーベルで斬りつけると、その場に膝をついた。
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