異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
「僕たち以外に理解者なんていないって思ってたけど、そこのお姉さんが兄さんの命を救ってくれたんだ。僕たちは、お姉さんの大事な仲間をたくさん奪ったのに……」
「あのときは感謝を伝えることもできず、すまない。本当にありがとう」
ノーノとオッターヴォは私に向かって、低頭する。それを見ていたプリーモは裏切られたと思ったのだろう。瞳に失意を滲ませて、すぐ後ろにある飾り棚からシャンパンを手に取ると勢いよく煽った。
「プリーモ! これは……どうして毒を飲んだの!?」
クワルトの悲鳴に近い叫びに、プリーモは絶望の底に突き落とされたような悲痛な面持ちで弱々しく唇を動かす。
「……お前も、ノーノも、オッターヴォも……革命が罪だと言った。革命は金持ちの私欲のために人を殺してきた俺が……初めて、お前たちを幸せにするために行動できた……正義だ、と……思って……いた、のに……」
「プリーモ! プリーモ、しっかりしろ! お前はこんなところで死んでいい男ではないだろう!」
プリーモはサイの呼びかけも空しく目を閉じた。サイは一瞬だけ悲愴の表情を見せたあと、怒りの矛先を仲間のクワルトたちに向ける。
「……っ、なぜ裏切った!」
空気を震わせるほどの怒号は聞いた者を慄かせる力があったが、クワルトがそれに怖気づくことはなかった。
「大事な家族だからだよ、サイ。僕はこそこそ隠れるんじゃなくて、皆と日の当たる場所で生きていきたかっただけだ。命を懸けて革命なんかしなくても僕はサイたちと一緒にいられれば、それで十分だって気づいたんだよ」
「僕もクワルトと同じ気持ちだよ。オッターヴォ兄さんを失いそうになったとき、知ったんだ。家族を失うなら、革命なんて意味ないじゃんって」
ノーノは同意を求めるようにオッターヴォを見上げる。表情こそあまり動かないが、心なしかノーノの視線を受け止めたオッターヴォの目が柔らかくなった。
「その家族の中に、プリーモとサイは含まれている」
それぞれの意思を知ったサイは迷いがありありと浮かんだ顔で、プリーモを抱く手に力を込めるのがわかった。
「俺は……お前たちのなにを見てきたんだろうな。絶望的な状況でも現実を変えようとするプリーモにどこまでもついていきたかった。拾ったお前たちのことを家族のように大事に思っていた。だからこそ、幸せにしてやりたかったというのに……」
まるで自分の行動は大事な者を不幸にしたのではないかと悔やんでいるように聞こえて、私は居ても立っても居られずに立ち上がる。
「後悔はあとよ! 今はその大事な家族のために、失意の中で意識を失ったプリーモを絶対に死なせちゃいけない。あなたたちが贖罪を求めるのなら、奪った命の分まで救いを。彼らが口にした毒はなに?」
「若菜お姉さん……毒はヒ素だ」
教えてくれたクワルトの毒と来賓に起こっている嘔吐や腹痛などの消化器症状、頭を抱えている者も見られるので頭痛や昏睡、痙攣などの神経症状といった急性ヒ素中毒の症状と当てはまる。
「では、手分けして患者の処置をしましょう。皆、手技を直接教えている時間はありません。三人一組になり、私の手技を見て胃洗浄を行ってください。オギ、手伝って」
治療班の皆に指示を出すと『胃洗浄?』と戸惑いの声があがったが、私を信じてくれたのかすぐに準備に取りかかる。
プリーモのそばに膝をついた私は手の空いている兵にバケツ一杯分の水を持ってくるよう頼んで、処置鞄を開けるとミグナフタから持ってきた太さがバラバラの管を取り出した。
その中でクイーンコンドルの体幹に最も近かった直径が六から八ミリの管を選ぶ。栄養の管として使ったものより、倍以上太いものだ。
「あなたたち、プリーモを後ろの食事棚の上に乗せて。それから身体を左向きにして、押さえていてくれる?」
レジスタンスの幹部たちは言われたとおりにプリーモを食事棚の上に乗せると、クワルトが率先して身体を支えた。
「あとは頭側を十五度程度下げる必要があるわね。誰か、台になりそうなものを持ってきて足の下に置いて。この体位なら洗浄の効果も上げられて、誤嚥も防げるわ」
プリーモの体勢を整えた私は管の先に植物油を塗ると、口から管を挿入する。それに「大丈夫なのか?」「あんな太いもの……」とその場にいた人間からどよめきがあがったが、無視して手を動かす。
管の先にガラスでできた注射器を取りつけながら「オギ」と名前を呼べば、オギは意図を汲んで私の足元に空のバケツを置いてくれた。
私は胃内容物を注射器で吸引し、バケツに捨てるのを何度か繰り返した。やがて注射器ではなにも引けなくなったので、手を止める。
「なにも出なくなったら、次は洗浄よ」
ここには液体を流下させる円柱状の器具――漏斗がないので、私は到着した水入りバケツから二百ミリリットルほど注射器に水を吸い、管と繋ぐ。
「この太い注射器は二百ミリリットルあるの。この注射器一本分が注入できる水の一回量よ。こうして管を鼻より上に持ち上げて、嘔吐を誘発しないようにゆっくり注入する」
説明と洗浄を同時にしながら、私は他の看護師たちの様子を伺う。医師であるマルクはお義母様に胃洗浄を行っており、他の看護師たちもレジスタンスの下っ端やエヴィテオール兵と力を合わせてどうにかついてこれている様子だった。
胃管を挿入するだけでも難しかったはずなのだが、彼らは私が直々に身体の構造を教え込んでいるので管が通りにくい場所や遺物挿入のリスクを把握している。そこを安全にどう通過させるかは学んだ人体の構造と管の動きを合わせて頭でシミュレーションできていれば、向きを変えるなどして挿入ができるのだ。
私は彼らの成長を頼もしく思いながら、プリーモに視線を戻す。
「そうしたら、一旦注射器を外して。今度は管を鼻より下にすると、排液できるわ。このときにクワルト、プリーモのみぞおちを押して」
「うん、わかった。……って、なにか出てきたみたいだ」
クワルトがみぞおちを押すと、それに合わせて管から汚れた水がバケツに流れる。
これはサイフォンの原理といって重力をうまく使い管の中で液体を移動させる技である。みぞおちを押すのは、その動きを手助けするためだ。