異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
「おい、俺たちを集めてどうするつもりだ。俺たちの処遇が決まったのか? そうでないなら、プリーモの部屋の前で番に戻る」
腕を組んだままサイは容赦なく敵意を向けてくるが、私はそれを流してクワルトとノーノの間に腰を下ろした。
「千羽鶴を作りましょう」
クワルト以外の皆は案の定、「千羽鶴?」と声を揃える。私はシェイドたちに用意してもらった色紙を正方形に切って、鶴を折って見せた。
「私の故郷にある願掛けみたいなものよ。千羽折ると願いが叶うって言われてるの」
私の手元を覗き込んでいたノーノとオッターヴォは「おおっ」と感激の声を漏らし、瞳を輝かせていた。それがおかしくて、私は「まずは三角にして……」と皆に鶴の折り方を教える。
だが、サイだけは色紙に触れることすらしなかった。
「願掛け程度でプリーモが元に戻るとは思えないがな。そんなもの、時間の無駄だ」
「今、プリーモに必要なのは皆さんの想いです」
居場所というのは誰かの心の中に自分という存在を認められて初めて生まれるものだ。
大事な人を傷つけてしまったと思っているプリーモはサイたちから罵られ、嫌われるかもしれない。拠り所を失うかもしれないと不安を感じているはずだ。
「想いは見えないからこそ、こうして形にする意味がある。夜、ひとりでいるとき、心に巣食った後悔に脅かされても、これを見るたびに自分のために鶴を折ってくれる人がいる。そう思うと……安心できたり、温かい気持ちになれるものなんですよ」
「……気休めだろう」
口ではそう言いながら、サイは色紙に手を伸ばした。折り方がわからないのか、皆の手元を見ている。それに気づいたクワルトが立ち上がって、サイの隣に立った。
「サイ、僕の折り方を見ていて」
「あ、ああ……」
仲間に対しては態度が優しいサイに苦笑いしていたら、睨まれてしまった。
心を通わせるのには時間がかかりそうだ、と肩を竦める私にノーノがため息をつく。
「サイは女嫌いっていう病気なんだ」
「同じ空間で息をしているだけでも進歩だ」
だから気にするな、と無表情しか見せなかったオッターヴォが僅かに笑った。
そのやり取りを聞いていたクワルトは吹きだし、サイは「誰が病気だ!」と激怒する。彼らの賑やかさは、月光十字軍の皆のふざけ合いを見ているようで楽しかった。
あんなことさえなければ、案外気が合ったかもしれない。なんて、これからでも遅くはないわよね。
後ろ向きになりかけた心を持ち直すと、私は千羽鶴を折るのに集中した。
千羽鶴は翌日の朝に完成した。
仕事が終わってからも徹夜で鶴を千羽折りきり、糸で繋げて壁にかけられるように工夫すると、私たちはプリーモの部屋の前にやってくる。
「プリーモ、俺だ。入るぞ」
サイが声をかけても、ノックをしても返事はない。やはりダメかと重苦しい空気が蔓延し始めたとき、私は心を決める。
「もう、待つのはやめましょう」
クワルトが「強行突入ってこと?」と目を丸くしているのに対し、ノーノは「うじうじプリーモを引きずりだそうよ」と邪悪な笑みを浮かべる。
無言ではあったがオッターヴォもドアノブに手をかけており、サイは腹をくくった様子でドアの真正面に立つ。
レジスタンスのリーダー的存在であるプリーモの意思を無視した皆はドアを開けて、中へぞろぞろと押し入った。
プリーモはベッドに座りながら窓の外を眺めていたのだが、ゆっくりと私たちの姿に気づき、眉間に深いしわを刻む。
「プリーモ、これ千羽鶴っていうんだよ」
ノーノが千羽鶴を差し出したのだが、プリーモは興味なさそうに視線を外す。それにノーノが肩を落とすと、オッターヴォが代わりにプリーモの手に千羽鶴を載せた。
「こんなもの……女、俺の手はずっとこの調子か」
プリーモは不随意に小刻みに震えている手を見せてくる。それだけで、彼がなにを心配しているのかを察する。
「ヒ素の後遺症で神経障害が出ることがあります。あなたの感じている手足の痺れがなくなる可能性は低い。でも、以前のように素早い動きができる保証はありませんが、痺れに効く薬を調合することはできます。根気強く、私も向き合うから……」
「必要ない。俺の役目は終わり、剣を持つ意味がなくなった。世界は変えられなかった。俺の希望も潰え、生きる価値すら見いだせない」
吐き出されるのは呪詛の如く重い言葉の数々。サイやノーノ、オッターヴォは言葉を失っていたが、その中でクワルトだけは怖気づくことなく想いをぶつける。
「僕は世界を変えられなくても、一緒にいられればそれでよかった。それに気づくのが遅かったから、プリーモは……っ」
途中で言葉がつかえるクワルトの目には光るものがあった。プリーモが大事な人だと話していた彼は罪を犯す前に止めたかったはずだ。
でも、いくら後悔しても時は巻き戻せない。罪に汚れた過去をこの先も背負っていかなければならないのだ。
ノーノはため息をつくと、おもむろに背伸びをした。それから、泣かまいと唇を噛んで俯いているクワルトの頬をつまむ。
「おバカクワルト、まだ遅くないじゃん。プリーモは僕たちが支えていけばいいでしょ」
ノーノは前に目覚めない可能性があったオッターヴォの看病をしていた。何年かかってでも意識が戻るのを待つ覚悟をした彼は強い。プリーモの障害や心の傷も自分の人生として受け入れる姿に、オッターヴォも思うところがあるのだろう。
「そうだな。プリーモのできないことは、俺たちで補えばいい」
オッターヴォはプリーモに寄り添うように、そばに控えた。どんな言葉をかけようかと迷っていた様子のサイは答えを見いだしたのか、プリーモの正面に立つ。
「生きる意味なら、俺たちで十分だろう」
プリーモの肩がぴくりと震え、か細い声で「サイ……」と呼んだのが微かに聞こえた。
「俺たちの正義の形が変わっただけだ。こいつらの生きる世界を変えるんじゃなく、今度はこいつらを幸せにするために共に生きる。それを果たすぞ」
その言葉を聞いたプリーモの頬に涙が伝い、火傷の痕を撫でて消えない恨みすらも沈火していくようだった。
ようやく泣けたのだと、なぜか私が救われた気分になる。
皆がプリーモを支える決意をしたとき、部屋がノックされた。
中に入ってきたのはシェイドだ。今日はこの邸で臨時の議会が開かれていたので、レジスタンスたちの処分を伝えに来たのだろう。