異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
▼10話 二度目の誓いは強い絆を育んで


 婚約祝いパーティーから一週間後。
 来賓の体調も回復し、私たちは王宮に戻ってきていた。

 シェイドは有言実行とばかりに議会でクワルトをエクスワイアとしてローズさんの下に置けるよう進言した。渋る政務官もいたらしいのだが、シェイドが見事に説き伏せて正式にローズさんのエクスワイアとして月光十字軍に加わることが決まったのだ。

 プリーモを初めとするレジスタンスの幹部たちはその昔、国王の愛人やその子供を隠しておくために造られたという王宮内の東にある古びた塔に幽閉されている。

 私は痺れを緩和する薬をプリーモに渡してサイやノーノ、オッターヴォと世間話をしたあと、訓練場にいるクワルトに会いに行った。

 ちょうど彼も休憩時間だったため、ふたりで訓練場のベンチに座り、他の仲間の練習を眺めながら私はプリーモたちとのやりとりを話す。

「皆、クワルトは元気かって心配してたわよ」

 クワルトどころか、月光十字軍の各部隊をまとめる騎士隊長以下の人間は騎士階級を持っていようと簡単に塔に足を踏み入れることはできない。

 なので私はプリーモたちの近況を訓練場にいるクワルトに伝えるのが、最近の日課になりつつあった。

「そっか、いつも皆のことを聞かせてくれてありがとう。若菜お姉さん」

 相変わらず儚げな笑みを浮かべている彼は、エクスワイアの制服である白の軍服を着ている。アスナさんやローズさんのようにマントは着用していないが、正式に騎士になると 主人である騎士――この場合はローズさんに贈られるしきたりがあるのだとか。

「ううん、これくらい大したことないわ。それより、クワルトはここでの生活に慣れた?」

「うん、ローズさんが面倒見がいいから。それにダガロフさんはお父さんみたいで優しいし、アスナさんも可愛がってくれるから大丈夫だよ」

「そう……あの、あなたが湊くん……オルカだってこと、シェイドにはやっぱり話す気はない?」

 前にシェイドには話さないでほしいと言っていたので、望みは薄いだろうが聞かずにはいられない。お互いに会いたい相手のはずなのに、シェイドは大事な弟がこうしてそばにいることを知らない。

 クワルトもこんなに近くにいるのに打ち明けられないなんて、あまりにも寂しすぎる。

「僕は王族として、してはならないことをした」

 それは不潔な井戸を作ってアイドナとサバルドの民を争わせ、傷つけたことだろう。

「僕はあの森で若菜お姉さんに会うまで、自分がオルカとして、湊として生きた記憶がなかったんだ。それまでクワルトとして見返りのない愛なんて信じず、レジスタンスの考えが正しいと本気で思って生きてきた。でも、全てを思い出したあと、物凄く後悔した」

 ああ、だから森で初めて会ったとき、彼は『僕は……僕は、なんてことを……!』と言って私から逃げ出したのかと納得する。

 私がトリガーになって、彼に愛されていた記憶を呼び起こさせた。それは同時に自分の罪を自覚させることにもなってしまったのだ。

「こんな僕のままじゃ、兄さんの前に名乗り出る資格なんてない。だから、胸を張って自分がオルカだったって言える日が来るまでは黙っていてほしいんだ」

「……わかった、約束する。でも、あなたの秘密を知っているからこそ、その罪に耐えられなくなって苦しくてたまらなくなったそのときは私に弱音を吐いて? 力になるから」

 病室で彼を看取ったときは手を握るだけで、ただそばにいると泣くだけで、大好きなお兄さんに遭わせてあげることもできず、なにもできなかった。

 でも、これからは生きてあなたのそばにいられるのだから、寄り添うだけでなく彼の罪悪感も後悔も半分持って一緒に歩んでいこう。

「あの世界であったときも、この世界でも若菜お姉さんは変わらないね。ずっと、若菜お姉さんはお姉さんのままだ」

「ふふっ、なあにそれ」

「若菜お姉さんやシェイド兄さんと、また会えてよかったなってこと」

 晴れやかな心を映し出したような青空をふたりで見上げる。風が白い雲を押し流してどこまでも攫っていく。

 この世界にも神様というものがいるのなら、離れては出会うを繰り返して、今度は同じ道を彼と歩める奇跡に感謝したい気分だった。




 クワルトと話し終えた私は厨房へ行って、お義母様のために食事を作っていた。

 だが、お玉でスープをかき混ぜる手が次第に緩慢になり、ついには停止する。料理は愛情がスパイスだというのに気分が重くて、ため息が出た。

 あの婚約祝いパーティーの日から、お義母様はまた部屋にこもられてしまったのだ。

 あの邸で中毒患者の経過を見ていた際は他の看護師にレジスタンスのリーダーの看護をさせるのは危険だと思い、私がプリーモを専属で診ていた。

 そのため、お義母様のところへ足を運ぶ機会をあまり作れず、それでも扉越しには会話ができていたのだが、次第に返答が少なくなったのだ。

 私が尋ねられないときはシェイドが会いに行っていたのだが、それでも部屋の中には入れてもらえなかったらしい。
 こうして王宮に戻ってきたあとも、以前より悪化した状態で別邸に引きこもっている。

「これって、PTSDよね……」

 思い当たる心の病を口にすれば、どこからか「PTSD?」と返ってくる。スープから顔を上げると、シェイドが近づいてきた。

「あなたを探していたら、クワルトが厨房にいると教えてくれてな。それで、そのPTSDとはなんだ?」
 
「心的外傷後ストレス障害の略よ。生死に関わるような危険に遭って強い恐怖を感じると、それがトラウマになる。そのときの体験がふとした瞬間に思い出されて、慢性的な不安に襲われたりするの」

 それも、お義母様の場合は深刻だ。二度も毒殺されかけて、もともとトラウマだった出来事がもう一度自分の身に降りかかったことでより強い恐怖心がお義母様自身に刻まれてしまった。

 それも快方に向かっている矢先に……。人を信じようとしてくれたのに、また裏切られるような目に遭わせてしまったのだ。

「心の病ということか?」

「ええ、それで……ひとつ試してみたい治療法があるの。私の世界では暴露療法といって、あえて自分が毒を盛られたときと同じ状況を再現して、不安に慣れ、薄れるまで安全であることを認識してもらうの」

 認知行動療法といって、不安にも必ず限度があり、非常に怖いことも繰り返すと慣れるのだと知ってもらう治療だ。
 ただ、この世界には目に見える傷への治療ができる医師はいても精神科医はいない。

 つい身体にばかり目が行きがちだが、心と身体は密接に繋がっているのだ。どちらかが不健康だと、天秤のようにもう片方にも影響が出る。現代日本では当たり前に進んでいる心の治療法なのだが、シェイドは迷っているのか瞳が揺れている。
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