異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
「荒療治にならないか」
「とってもね。でも、このままじゃお義母様はずっとあの別邸で、ひとりで誰かの殺意に怯えることになる。だから、協力してほしいの」
「若菜……そうだな。母上が踏み出せないのなら、俺たちが背中を押せばいい。改めて、力を貸してくれ」
律儀に頭を下げてくるシェイドに、私は「もちろんよ」と料理を再開する。
お義母様が好きだというポトフに食欲がないので軽い野菜入りのお粥を作って、私たちは別邸にやってきた。
部屋には予想はしていたが入れなかったので、私たちは使用人に借りていたカギを使い、強引に中へ入る。
「――なっ、どうして許可もなく入るのよっ」
婚約祝いパーティーで見せた無邪気な笑顔はそこにはなく、お義母様はベッドの上で掛け布団を被り、怯えるようにこちらの様子を窺っていた。
「お義母様、誰かが用意してくれたご飯を食べるとお腹が膨れて自然と悲しみも薄れるものだって、言っていましたよね?」
私は木製の簡素なテーブルに食事を並べながら、お義母様に話しかける。その間にシェイドがお義母様のそばに行き、手を差し出した。
「若菜のご飯なら、心も満腹になるはずだ。母上、俺たちと一緒に話でもしながら、食事をしよう」
息子であるシェイドの誘いだからか、恐々と手を取り立ち上がる。なんとか席についてくれたお義母様の前に、私とシェイドも腰を下ろした。
だが、お義母様は食事を警戒するように凝視している。見かねたシェイドが立ち上がり、お義母様の背後に回ると優しく匙を握らせた。
「若菜が喉を通りやすそうな食事を作ってくれたんだ。ひと口でも、味見をしてみたらどうだろうか?」
「ひと口……それでも、猛毒が入っていたら死ぬわよね? じゃあ、味見でも命を落とすかもしれないじゃない」
カタカタと匙を握るお義母様の手が震え、嫌な記が蘇ろうとしているのがわかった。
お義母様の不安が伝染して、私も今以上に大きな心の傷を負わせてしまわないか怖くなったが、それでも『冷静に』と頭の中で自分に言い聞かせる。
そうだ……毒が怖いなら、私が証明すればいいんだわ。
「お義母様、ご無礼をお許しください」
私は予備の匙を手に、お義母様のポトフのスープを掬う。なにをするつもりなのか検討もつかないというような顔をしているシェイドとお義母様の視線を感じながら、匙を自分の口に運んだ。
「……ん、自分で作っといてなんですが、おいしいです。ブロッコリーもニンジンも採れたてでジャガイモも柔らかいですし、料理長もぜひ食べてもらいたいってたくさん用意してくださったんですよ。皆、お義母様の笑顔が見たいんです」
先に毒見してみせたのだが、効果はどうだろうか。シェイドと見守っていると、お義母様はゆっくりポトフを掬い、匙を口に運ぶ。
もしかしてと期待が胸を駆け抜けたとき、スープの器が私めがけて飛んできた。とっさのことで反応ができなかった私は、熱いスープを頭から被ってしまう。
「――若菜! 火傷はしていないか!?」
すぐに走ってきたシェイドが私の顔や首を確認する。「大丈夫よ」と笑い返したのだが、シェイドは私を抱き寄せてお義母様を責めるように見た。
「なぜです、母上。若菜は命を誰よりも重んじる。毒を盛るなど、そのような愚行を働く女性ではない。なにより、俺が選んだ婚約者を信じてはくれないのか」
「婚約者なんて他人じゃない! 他人を信じるなんて無理よ……っ、また信じている人に裏切られるの……嫌なの!」
テーブルに載っていた食事を腕で薙ぎ払い、床に皿が落ちて割れた。
お義母様は頭を抱えて泣いており、私は制服のスカートを膝裏に巻き込むようにしてしゃがむと無残にも飛び散ったお粥とポトフを雑巾で拭き取る。
他人……。
つい一週間前は血の繋がりがなくても心の繋がりがあれば他人ではないと、私のことを娘だと、かけがえのない愛しい子だと言ってくれた。
お義母様が私を信じられないのは何度も繰り返される命の危機と誰かに殺されるかもしれないという不信感のせい、PTSDの症状からきていると頭ではわかっている。
でも、理解とは裏腹に視界は目薬をさしたときのようにぼやけて歪んでいく。
「若菜……もういい」
私の手首をシェイドが掴んだ。私は答えると泣いていると気づかれてしまいそうだったので、無言で首を横に振る。
傷ついている場合じゃない。いちばん辛いのは死に怯えているお義母様のほうだ。
これまでだって、PTSDの患者と接してたことがあるじゃない。
なのにどうして今回ばかりは打たれ弱くなってしまうのか、と考えてはっとした。
お義母様の存在は、すでに私の中で身内と同然だからだ。家族だと思っているからこそ、突き放す言葉がよりいっそう深く胸に突き刺さる。
嬉しいけど悲しい。頑張りたいけど折れそう、と多くの感情が行ったり来たりする。
しっかりしなさい、若菜。私はお義母様のトラウマを克服して、シェイドに「どうして信じてくれないんだ」なんて、もう二度と言わせたりしてはいけない。だって、信じられないのは心の病のせいであって、お義母様自身が望んだわけではないのだ。
誤解をさせたまま親子の仲が崩れるなんてことにならないように、私にはやるべきことがあると自分を叱咤して腰を上げた。
「床はあらかた拭き終えたわ。私は割れた皿を片してくるから、シェイドはお義母様のそばにいてあげて」
シェイドに泣き顔を見られないように下を向きながら淡々と告げると、私は返事も待たずに部屋を出た。
治療館に戻ってきた私は仕事のあとも治療室に残り、お義母様の診療記録を探していた。
棚にずらりと並んだ診療記録の中から、アイリーン・エヴィテオールと書かれた帳面を引き抜くとさっそく机の上で開く。
なぜ、こんなとことをしているのかというと時は数十分前に遡る。
いつものように自室でお義母様との会話を帳面に書き起こし、私のどんな言葉や行動が不安を煽ってしまったのかを振り返っていたのだが、会話の中に引っかかる台詞があったのだ。
『婚約者なんて他人じゃない! 他人を信じるなんて無理よ……っ、また信じている人に裏切られるの……嫌なの!』というお義母様の言葉だ。
お義母様の毒殺に関わっていたのはニドルフ王子とオルカ王子の実母である第一王妃だと聞いていた。
だが、〝信じている人に裏切られるのが嫌〟というのは明らかに親しい者に向けられたもので、第一王妃と仲がよかったという話は聞いていない。
つまり、第一王妃はお義母様の親しい人間を使って毒殺させたのかもしれないのだ。
毒を盛られた経緯を知れば、お義母様の心の傷の全貌も明らかになる。そうすればお義母様が今必要としている言葉が見えてくると信じて、過去の診療記録を漁っていた。