異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「お義母様、また行儀が悪いかもしれませんが、私がひと口食べて見せますね」

 昨日と同様に先に毒見をしようとしたのだが、お義母様は匙を持った私の手をやんわりと掴んでそれを断る。

「待って、私……自分でやってみたいの」

 お義母様は自分でシチューを掬うと、匙を口元に近づけたっきり動きを止める。

 私もシェイドも急かさず待ったが、やはり恐怖にがんじがらめにされているのか、何度も「毒なんて入ってない、怖くない、大丈夫……」と自分に言い聞かせるように呟き、手は固まったままだ。
 私はお義母様を傷つけることのないように、言葉を選びながら助言する。

「お義母様が怖いのは、毒で死ぬかもしれないことだけですか?」

「……っ、それは……」

「信じていた人に裏切られるのが怖いと、そう言っていましたね。親しい人ほど裏切られる痛みは大きくなる。昨日は私を少しでも身内のように思ってくれていたからこそ、突き放したんですね」

 私を他人だと罵った言葉の裏にあった信頼と愛情。お義母様の過去を知ったからこそ、気づけた。

 お義母様は肯定も否定もせず、テーブルに視線を落とす。話すべきか迷っているようにも見えて、私がじっと返答を待っているとお義母様と目が合った。

「……私に毒を盛ったのは、陛下に嫁ぐ前から身の回りの世話をしてくれていた侍女だったわ。第一王妃の権力に染まった王宮は孤独だったけれど、あの子がいてくれたから私は笑っていられたの」

 お義母様の顔には切ない微笑が浮かんでいるが、自分に毒を盛った相手に向けるものとは思えないほど優しかった。

「あの子は人を殺められるような子じゃなかった。だけど……きっと、私の目の届かないところで第一王妃の圧を受けたのね。耐え切れずに、向こうについたわ」

 それがお義母様が恐れていた信じていた者の裏切りの真相だった。
 でも、頭ごなしに責めるのではなく理由まで掘り下げているお義母様は、たとえ毒殺されかけても侍女を嫌えなかったのだ。

「第一王妃に逆らえないのは当然だって、わかってる。でも、どうして相談してくれなかったのって、あの子が捕らえられた牢屋の格子越しに怒鳴ってしまった。あの子は言葉もなくボロボロと涙を流していて、今でもあの顔が頭から離れない……っ」

 震えるお義母様の肩をシェイドはそっと抱き寄せた。
 一度は私たちの婚約祝いパーティーを提案したり、出席して元気なお姿を見せていたお義母様だけれど、全ては強がりだったのかもしれない。

 私たちが気づかなかっただけだ。気丈に振る舞うお義母様の心は傷だらけで、血を流し続けていたのだ。

「あの子は私についてきたばっかりに、死んだのよ。だから食事を前にすると、あの子の顔を思い出して死者の世界から私を殺そうとしてるんじゃないかって……っ」

 お義母様の感じる恐怖は後悔と命の危機が複雑に絡み合っている。ひとつひとつ紐解いて、解決していかなければならないのかもしれない。

「どうして相談してくれなかったのかって言ったとき、その子は泣いたんですよね?」

 お義母様は青い顔で、肯定するように頷いた。

「でしたらきっと、その侍女はお義母様を恨んではいなかったと思います。本当に権力闘争に巻き込まれたことを憎んでいたなら、そこで泣くのではなく睨みつけたはずですから」

 それを聞いたお義母様は息を吞んで、弾かれるように顔を上げた。みるみるうちに開かれていく瞳から、涙の粒がこぼれ落ちる。

「私の後ろめたさが、あの子を想像の中でも人殺しに仕立てあげてしまったのかも……しれないわ」

「お義母様、実際はどうでしたか?」

「あの子は踏まれた雑草を見つけては、人の通りのない場所に植え替えてあげてた……優しい子よ。だから、今ならわかるの。きっと、追い詰められてしてしまったことだって」

 眉根を寄せたまま小さく笑って、お義母様はシチューを口に運ぶ。器の中には涙のスパイスがいくつか入ったが、構わず味わっていた。

「おいしい……味を感じたのは久しぶりよ」

 初めて自分から食事を撮ったこの日から、お義母様は少しずつ私の作った料理にも手をつけられるようになっていった。

 そして、今日もシェイドも交えて三人で昼ご飯をとっていたのだが、私が庭園の薔薇が見頃だと話したからか、お義母様は「見に行ってみたいわ」とおっしゃった。

 私とシェイドは思わず顔を見合わせて、お義母様の気が変わらないうちにと食後すぐに別邸の外に出ると皆で庭園にやって来る。

 庭園に咲く薔薇の女王であるピンク色のダマスクローズが甘い濃厚な香りを放って、視覚や嗅覚からお義母様の心を癒していくのが見てとれた。

 三人で庭園を散歩していると、ふいにお義母様が足を止めて私に向き直る。

「あなたに酷いことを言って、ごめんなさい。私、心に余裕がなかったの……だから、優しいあなたに甘えて、感情をぶつけてしまったわ……」

 沈んだ声は語尾にいくにつれて小さくなり、お義母様の頭は花が萎れるように下がった。お義母様は胸の前で両手を握り、意を決した様子で顔を上げて「でも、あなたを娘と同じように大切に思ってるのは本当よ!」と必死に訴えかけてくる。

 私はそんなお義母様の無邪気な顔に小さく吹きだして、その両手を外側から包み込むように握った。

「行き場のない怒りや悲しみ、どんな感情でもぶつけてください。傷ついたとしても、家族の繋がりは簡単には切れませんから」

 シェイドが自分の命を狙い、父や弟を殺した兄のニドルフ王子との縁を切れなかったように、たとえどんな仕打ちを受けたとしても無条件に愛する理由を探してしまうのが家族なのだ。

「私のことを家族だと言ってくれるのね……嬉しい。たくさん傷つけてごめんなさい、諦めずに支えてくれてありがとう」

 目尻にたまった涙もそのままに微笑んだお義母様は「今度、私の生まれた町の郷土料理を教えてあげる」と言って、ひとりで別邸に戻っていった。

 シェイドも私も別邸まで送るつもりだったのだが、「寄りかかるばかりじゃなくて、これからは自分の足で歩きたいから」と断られてしまった。

 遠ざかる背中を見送っていると、シェイドの湿り気を帯びた呟きが耳に届く。

「若菜、母上を救ってくれたこと、心から礼を言う」

「それを言うなら私のほうよ。大切なあなたたちの笑顔が見れた。それだけで幸せな気持ちになれたもの。本当にありがとう」

 私は目を閉じて隣に立つシェイドの肩に頭をもたせかけた。その数秒後、シェイドは私を懐深く抱き込む。
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